Period-Mathematics

使うための類体論 ~類体の定義,そして理論の肝,また展望を少し~

はじめに

(本記事で扱う類体論は代数体に対するイデアルによる大域類体論である.)

$\def\A{\mathbb{A}}
\def\B{\mathbb{B}}
\def\C{\mathbb{C}}
\def\F{\mathbb{F}}
\def\G{\mathbb{G}}
\def\H{\mathbb{H}}
\def\K{\mathbb{K}}
\def\M{\mathbb{M}}
\def\N{\mathbb{N}}
\def\O{\mathcal{O}}
\def\P{\mathbb{P}}
\def\Q{\mathbb{Q}}
\def\R{\mathbb{R}}
\def\T{\mathbb{T}}
\def\Z{\mathbb{Z}}
\def\mf{\mathfrak}
\def\mc{\mathcal}
\DeclareMathOperator{\cl}{Cl}
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\DeclareMathOperator{\ker}{Ker}
\newcommand{\dprod}{\displaystyle\prod}
\renewcommand{\set}[2]{\left\{ #1 \mathrel{} \middle| \mathrel{} #2 \right\}}$

体は四則演算が出来る代数系であり,$\Q,\R,\C,\Q(\sqrt{2})$などが例である.一つの体そのものよりも体とその拡大体という相対的な状況を考えることが実際の現場では多いが,その拡大がガロア拡大という特別な拡大であるとき,その拡大の対称性(ガロア群)の構造とその拡大の構造は完全に同じであるという奇跡(ガロア理論)が成り立つことが現代では知られており,現代数学では空気のように使われている.

さて,数体と呼ばれる体の中でもある種の有限性を持った特別な体を扱う代数的整数論という分野がある.

代数的整数論は一般の体論とは違い非常に豊かな理論を展開する.歴史的にはフェルマーから始まり,多くの数学者たちを虜にしてきた美しい理論である.

類体論というのはこの数体に関して成り立つガロア理論のような奇跡である.それを以下で解説したい.

ただしこの記事では類体論と言ったら大域類体論、数体と言ったら代数体(次で解説する)のこととする.

筆者は日本語のイデアルによる大域類体論のユーザー目線の解説がこれまでなかった*1現状を常に憂いており,早く誰かが書かねばならないという思いを常に抱いていた.この記事はそれの第一弾のつもりである.

類体論の種類について

数体というのは大域体と局所体の大きく二種類に分類されて理論展開される.ここで,

大域体=代数体(二次体$\Q(\sqrt{d})$や円分体$\Q(\zeta_n)$など)+大域函数体(=有限体$\mathbb{F}_q$上の1変数代数関数体)($\mathbb{F}_q(t)$など)

局所体=アルキメデス*2局所体($\R,\C$のこと)+非アルキメデス局所体($p$進数体$\Q_p$など)

一般に局所体の方が大域体より構造が単純であり,(親しみやすいかどうかは別として)こちらの方が解析が簡単という哲学がある.

大域体に対する類体論を「大域類体論」,局所体に対する類体論を「局所類体論」といい,類体論は主にこの二種類に分かれる.

高木貞治が示したのは大域類体論の方で多くの一般向け解説で単に「類体論」と言われたら大域類体論のことを指していると思って間違いない(局所類体論は歴史的にも後に示されたし$p$進数体などは数学好きの読者であってもなかなか慣れ親しみのないものであることも関係しているかもしれない).

現代では非可換類体論と高次元類体論類体論に入れるべきである.これについては最後の節で解説する.

以下単に「数体」と言ったら代数体のこととする。

類体の定義

まずイデアル類群を一般化した射類群という対象を導入する.それはイデアル類群にモジュラス$\mf{m}$という新たな指標を導入したものである.モジュラスについてご存知ない方は【大域類体論】モジュラスと乗法合同で混乱しやすい所 | Mathlogをどうぞ.

定義[射類群]

$\mf{m}$を代数体$F$のモジュラスとする.次のような群を定義する

を$\mf{m}$を法とする射類(ray class)という(上付きの$1$は$\equiv 1$という条件を象徴したものだと筆者は解釈している). 無限部分$\mf{m}_{\infty}$が関わるのはこれだけである.

そして
$$
Cl_F(\mf{m}):=I_F(\mf{m}) /\mc{P}_F^1(\mf{m})
$$
を$\mf{m}$を法とする射類群(ray class group)*3と呼ぶ(英語名の方が良く知られている).これは有限群であることが知られている.

備考

(1) $\mf{m}$を$F$のモジュラス,$\infty_1,\ldots,\infty_{r_1}$を$F$の実素点(に対応する形式的な記号)*4の全てとするときモジュラス$\mf{n}=\mf{m}_{\rm{fin}}\infty_1\cdots\infty_{r_1}$に対応する射類群
$$
Cl_F^{+}(\mf{m}_{\rm{fin}}):=Cl_F(\mf{n})=I_F(\mf{m}_{\rm{fin}})/\mc{P}_F^{+}(\mf{m}_{\rm{fin}})
$$
狭義の射類群(narrow ray class group)という*5

(ここで
$$
\mc{P}_F^{+}(\mf{m}_{\rm{fin}})
:=\mc{P}_F^1(\mf{n})
=\set{\alpha\mc{O}_F\in I_F(\mf{m})}{\alpha\in F, \alpha\equiv 1 \pmod{^{\times} \mf{m}_{\rm{fin}}} \text{かつ} \alpha\gg 0}.
$$

ただし$\alpha\gg 0$は総正の意味)

(2) $I_F((1))=I_F, \mc{P}_F^1((1))=\mc{P}_F$($F$の単項分数イデアル群)より$Cl_F((1))=Cl_F$.また$Cl_F^{+}((1))=Cl_F^{+}$(狭義のイデアル類群).

ここまで全て$F$の中の話($F$の拡大体は関係ない話)であることに注意.

次の高木群の定義には$F$の外側(i.e. $K$)の情報を少し含んでいる.まずモジュラスの拡大を定義する.

定義
数体の拡大$K/F$において$K$のモジュラス$\mf{m}^{ext}$が$F$のモジュラス$\mf{m}=\dprod_{v\in V} v^{\mf{m}_{v}}$の拡大であるとは

$$
\mf{m}^{ext}=\dprod_{v\in V} (\mf{p}_v^{ext})^{\mf{m}_{v}}
$$

であることと定める.ただしここで$\mf{p}_v^{ext}$は$v$が有限素点のときは素イデアル$\mf{p}_v$の(環論的な)イデアルとしての拡大
*6,$v$が無限素点のときは

$$
\mf{p}_v^{ext}:= \left(\dprod_{w\mid v} \mf{P}_w\right)^{\mf{m}_v}
$$

と定める(ただし$\mf{P}_w$は無限素点$w$に対応する形式的な記号).

定義
$K/F$をガロア拡大とする.相対ノルムを取る写像(を分数イデアルに対しても自然に拡張した)
$$
N_{K/F}:I_K(\mf{m}^{ext})\to I_F(\mf{m})
$$
の群準同型像$N_{K/F}(I_K(\mf{m}^{ext}))$と$\mc{P}_F^1(\mf{m})$の, アーベル群$I_F(\mf{m})$の部分群としての積を$\mc{P}_F^1(\mf{m})$で割った群

$$
T_{\mf{m}}(K/F):= \mc{P}_F^1(\mf{m})\cdot N_{K/F}(I_K(\mf{m}^{ext}))/\mc{P}_F^1(\mf{m})
$$

高木群と呼ぶ.これは射類群$Cl_F(\mf{m})$の部分群である.射類群の有限性より高木群の群指数は有限である,

次にフロベニウスを拡張したアルティン写像というものを導入する.フロベニウスの定義は平方剰余記号の「正体」 そしてn乗剰余記号へ | Mathlogに書きました.

定義[アルティン写像]
$\mf{m}$を$F$のモジュラス, 有限次アーベル拡大$K/F$を$\mf{m}_{\rm{fin}}$の外不分岐*7となるものとする.\\

写像
$$
\left(\frac{K/F}{\cdot}\right)
: I_{F}(\mf{m})\to\gal(K/F)
$$

$$
\mf{a}=\dprod_{\substack{\mf{p}\nmid \mf{m}_{\rm{fin}}}}\mf{p}^{e_{\mf{p}}}
$$
のとき
$$
\left(\frac{K/F}{\mf{a}}\right)
:=\prod_{\substack{\mf{p}\nmid \mf{m}_{\rm{fin}}}} \left(\dfrac{K/F}{\mf{p}}\right)^{e_{\mf{p}}}
$$
と定める.これを$K/F$におけるアルティン写像という.*8


アルティン写像については次が知られている:

定義[アルティン写像全射性([Sutherland, Theorem21.19.])]
$\mf{m}$を$F$のモジュラス, 有限次アーベル拡大$K/F$を$\mf{m}_{\rm{fin}}$の外不分岐となるものとする.

このときアルティン写像
$$\left(\frac{K/F}{\cdot}\right): I_{F}(\mf{m}) \rightarrow \operatorname{Gal}(K/F)$$
全射である.

結論から言うと$\mc{P}_F^1(\mf{m})\subset \ker \left(\frac{K/F}{\cdot}\right)$が成り立ち,従ってアルティン写像
$$
\left(\frac{K/F}{\cdot}\right):\cl_F(\mf{m})\to \gal(K/F)
$$
とみなせる.

さて類体の定義を述べる準備が整った:

定義
$\mf{m}$を$F$のモジュラス, $H$を$\mf{m}$を法とする射類群$\cl_F(\mf{m})$の部分群*9とする.このとき$\mf{m}_{\rm{fin}}$の外不分岐となる有限次ガロア拡大$K/F$が($\bmod{\mf{m}}$を法とする)$H$に関する(対応する)類体であるとは$H=T_{\mf{m}}(K/F)$かつアルティン写像
$$
\left(\frac{K/F}{\cdot}\right):\cl_F(\mf{m})/H\to \gal(K/F)
$$
が同型になるときをいう(つまり$\ker \left(\frac{K/F}{\cdot}\right)=H$となるときである). 特に自明部分群$H=1$に対応する$F$の類体をmod $\mf{m}$における射類体(ray class field)といい$F(\mf{m})$で表す.更に$H_F:=F((1))$を$F$のヒルベルト類体(Hilbert class field)という.

類体の凄いところは$F$という基礎体の情報からその拡大に関する情報をほぼ完璧に含む右辺の情報がおおよそ得られてしまうこと,加えてその同型がアルティン写像によって与えられる(従って類体における(不分岐な)素イデアルの分解法則は$H$に含まれるか否かで記述できる)ところにある.

ここで実はどんな$H\subset \cl_F(\mf{m})$に対しても$H$に関する類体が一意に存在することが知られている.これが高木の存在定理(と類体の一意性定理)である.次の節で詳しく解説する.

また$\mf{m}$を$F$のモジュラス,$\infty_1,\ldots,\infty_{r_1}$を$F$の実素点の全てとするときモジュラス$\mf{n}=\mf{m}_{\rm{fin}}\infty_1\cdots\infty_{r_1}$に対応する射類体$F^{+}(\mf{m}_{\rm{fin}}):=F(\mf{n})$を$F$のmod $\mf{m}$に関する狭義の射類体(narrow ray class field)といい,$H^{+}_F:=F^{+}((1))=F(\infty_1\cdots\infty_{r_1})$を$F$の狭義のヒルベルト類体(narrow Hilbert class field)という.

補足
・『数論1』のp.164に出てくる$0$でない整イデアル$\mf{a}$に対して存在する$K(\mf{a})$の正体は$K$の$\mf{a}$に関する狭義の射類体である.

ヒルベルトが歴史的に最初に存在を予言したのは(ヒルベルト類体ではなく)狭義のヒルベルト類体である.

・(一言)類体論の使い方を知るにはまずヒルベルト類体について遊んでみると入りやすいかもしれない(モジュラスのことを完全に無視できるから)(ただし$H_{\Q}=\Q$には注意されたい)。ヒルベルト類体は虚二次体の場合のそれを与える方程式、ヒルベルト多項式(Hilbert class polynomial)の研究もある程度あるからである。PARI/GPでは二次体上のそれを計算するコマンドが用意されているhttps://qiita.com/iwaokimura/items/0a12d83768d4043b8e65.

なお『類体論講義』で採用されている類体の定義は高木貞治によるものであるが,それが次である:

定義[高木貞治による類体の定義]
$\mf{m}$を$F$のモジュラス, $H$を$\mf{m}$を法とする射類群$\cl_F(\mf{m})$の部分群とする.このとき$\mf{m}_{\rm{fin}}$の外不分岐となる$n$次ガロア拡大$K/F$が$H$の類体であるとは$H=T_{\mf{m}}(K/F)$かつ
$$
\cl_F(\mf{m})/H
$$
が位数$n$のときをいう.
「証明」[(これが始めの類体の定義と同値な理由)]
$K/F$が高木貞治の意味で$H$の類体であったとする.このとき河田敬義『数論』p.408にあるように$K/F$はアーベル拡大である.するとアルティン写像全射性と両辺の位数が等しいことからそれは実は同型である,つまり$K/F$は$H$の類体である.

類体論の肝の主張

大域類体論の本には類体論の基本等式を示すのが大事でそのためにはまず第一不等式と第二不等式をそれぞれ示して~というようなことが書いてあるのだがそんなものは類体論を使う立場にとってはどうでもいいものである.

まず類体論の最初の大事な事実として射類体の存在定理がある.

定理1[高木の存在定理の系]
$F$のモジュラス$\mf{m}$に対して射類体$F(\mf{m})$が存在する.

そしてこれと次の定理を組み合わせると大きな結果を得る.

定理2[ノイキルヒ, 系6.3]
任意のアーベル拡大$K/F$に対してある$F$のモジュラス$\mf{m}$が存在して$K$は射類体$F(\mf{m})$に含まれる:$K\subset F(\mf{m})$.

・なぜこれがそんなに凄いか?

まず射類体$F(\mf{m})$とはアルティン写像によって
$$
\gal(F(\mf{m})/F)\cong \cl_F(\mf{m})
$$
となるものであった.$F=\Q, \mf{m}=m\infty$($\infty$は唯一の実素点)と取ればこれは円分体$F(\mf{m})=\Q(\zeta_m)$である.円分体のガロア群は極めて単純で,従ってガロア理論よりその部分体を解析するのは比較的簡単であった.そしてそこでクロネッカーウェーバーの定理という奇跡が成り立つのであった.これは$\Q$の任意のアーベル拡大が円分体に含まれるという主張である.つまりこれらより$\Q$の任意のアーベル拡大は比較的簡単に解析出来るということになる.

上の射類体に関する定理たちはこれが一般の代数体$F$に対して全くのアナロジーが成り立つということを意味するのだ!これだけの奇跡であるから類体論の発見者である高木貞治も当初自分の結果が信じられずそれを反証しようとしてノイローゼ気味になったというぐらいである.

注意
・定理2の$\mf{m}$を$K$の定義モジュラス(defining modulus for $K$)という.定義モジュラスは一つに定まるような対象ではなく(整除関係に関して)十分大きいモジュラスは定義モジュラスになる.これについては次のような精緻な特徴付けが知られている:
命題[ノイキルヒ, 命題6.5]
$\mf{m}$は$K$の定義モジュラス$\iff \mf{m}$は$K/F$の導手$\mf{f}_{K/F}$で割れる.
(ここで導手$\mf{f}_{K/F}$の定義については[Sutherland, Definition 22.24]を参照)

つまり$K/F$の導手$\mf{f}_{K/F}$とは$K$の最小の定義モジュラスというわけである.

 ・$\Q$であったり虚二次体$\Q(\sqrt{-d})$の射類体が円分体だったり$j$函数と$\wp$函数の特殊値を追加することで得られる(クロネッカーの青春の夢虚数乗法論)という事実は類体論の一般論からはわからない。類体論の一般論が保証しているのはあくまで射類体の「存在だけ」である。個々の数体$F$に対する射類体などについての情報を与える理論を口語で"$F$の類体論"という。つまり円分体論は"$\Q$の類体論"であり、虚数乗法論は"虚二次体の類体論"である。では一般の数体$F$に対する"$F$の類体論"は何か?というのを問うのがヒルベルトの第12問題である。ちなみに谷山・志村予想で有名な志村五郎は高次元虚数乗法論というものを確立しそれが"CM体の類体論"であることを示した。

類体論とは何か?に対する答え

筆者の答えは次である:

類体論とは上の定理2と次の事実をあわせたものである;

定理[類体の分類定理*10]

証明
(互いに逆であること)
これは,上の写像が$K$にGalois対応する群$\gal(F(\mf{m})/K)$をArtin写像の逆写像$\varphi^{-1}$で送ったものに等しいこと(つまり$\varphi^{-1}(\gal(F(\mf{m})/K))=T_{K/F}(\mf{m})$)が言えれば,Galois対応と組み合わせることにより直ちに従うがこのことは次から従う;

$$
\cl_F(\mf{m})
\xrightarrow{\varphi} \gal(F(\mf{m})/F)
\twoheadrightarrow \gal(F(\mf{m})/F)/\gal(F(\mf{m})/K)
\xrightarrow{|_K} \gal(K/F)
$$

は全て全射でこれらの合成は$\left(\frac{K/F}{\cdot}\right)$に等しい.

また

定理[Artin相互法則(「アーベル体は類体なり」)]
任意のAbel拡大$K/F$と任意の$F$のモジュラス$\mf{f}_{K/F}\mid \mf{m}$に対して($K/F$は$\mf{m}_{\rm{fin}}$の外不分岐であり,)$\ker \left(\frac{K/F}{\cdot}\right)=T_{\mf{m}}(K/F)$.

(よってArtin写像
\[
\left(\frac{K/F}{\cdot}\right):\cl_F(\mf{m})/T_{\mf{m}}(K/F)\to \gal(K/F)
\]
は同型になる.)

より$\ker \left(\frac{K/F}{\cdot}\right)=T_{K/F}(\mf{m})$.これらより従う.

まず観察されるのは上の写像全射性はいわゆる高木の存在定理そのものだということである.

そして下の写像全射性と定理2が意味するのは任意の数体のアーベル拡大$K$にはあるモジュラス$\mf{m}$と$H$があって($H$は$K/F$の高木群であり,)$F$上のガロア群が$\cl_F(\mf{m})/H$にアルティン写像を通じて同型ということだがこれは即ち$K$が$H$の類体であるということである.つまり$H$の類体とはこの写像によって対応する$F$の拡大体なのだ!

このように上2つの定理は類体論の核心を突いていることがわかる.

そしてこれを見るとはじめに類体論を「数体に対して成り立つガロア理論のような奇跡」と述べた理由がわかると思う(わからない読者はガロアの基本定理と上を見比べてみてほしい).これが類体論である(筆者はこの理解に達するまでに年単位の時間を溶かしてしまった...).

まとめ:

類体論を把握するにあたって心に留めておくべき大事な事実は次の3つである(どれか一つが欠けても駄目):

$F$を数体とする。

・(類体とはどういう体か):$F$の$H$に関する類体の$F$上のガロア群と射類群の剰余群$\cl_F(\mf{m})/H$との同型がアルティン写像によって与えられる(従って類体における(不分岐な)素イデアルの分解法則は$H$に含まれるか否かで記述できる).

・(「(十分大きい)モジュラスを指定するごとにアーベル拡大の親玉が存在する」):任意の$F$の有限次アーベル拡大$K$はモジュラス$\mf{f}_{K/F}\mid \mf{m}$に対する射類体$F(\mf{m})$に含まれる.

・((いわゆる)「アーベル体は類体なり」):任意の$F$の有限次アーベル拡大$K$はモジュラス$\mf{f}_{K/F}\mid \mf{m}$を法とする射類群$\cl_F(\mf{m})$のある部分群$H\subset \cl_F(\mf{m})$に対する類体である.

類体論の証明についてのコメント

証明には群コホモロジーを本質的には駆使することになる.その証明は通称「長いトンネル」と言われるようにとても長いものになる.特にアルティン写像の核の決定がかなり長い(全射性は意外と長くない).証明を一通り読んだ経験のある筆者個人の意見としては証明を読むのに労力をかけるのは全くおすすめしない(どころか,筆者はこれに多大な労力と時間を割いたことを後悔すらしている).早く主張と使い方を知るべきだと思う.これについてもガロア理論とノリが似ている.

歴史的なこと:

最初高木貞治は「一般ディリクレ$L$関数」*11$L(s,\chi)$という解析的な対象を使って示した.しかしそれ(とモジュラスの概念)が気に食わなかったシュバレーはイデール群$\A^{\times}$というものを考案し,代数的に証明することに成功した.

(注:代数的な証明が出来たこととイデールによる表現が与えられたことは実は無関係であり、イデアル論の範疇で代数的に証明することも可能である。これについては彌永昌吉『数論』p.477を参照)

そしてイデール,それをヴェイユが拡張したアデール環$\A$の概念は数論において広く使われる言語となった.

また歴史的には大域類体論$\implies$局所類体論と示したが,これを受けたネーターは直ちに「逆を遂行すべきだ」,つまり局所類体論$\implies$大域類体論という方向で証明すべきだと言った.そして現代ではその方向で示すのが理論展開的には綺麗とされる(ただし最初の方でも言ったようにそれが親しみやすいかどうかは怪しい).

証明が載っている文献:

Janusz "Algebraic number fields"

Sutherland "Number Theory I"(MITの講義ノート):https://ocw.mit.edu/courses/18-785-number-theory-i-fall-2021/mit18_785f21_full_lec.pdf
(ただし不分岐($\mf{m}=1$)な場合に限って証明)(良いpdfなのだが相互法則の証明に不備がある。著者にメールしたところ2024年の講義には不備を修正して臨むとのことである。なので今の段階ではそれを承知で使ってもらいたい)

Milne "Class field theory" https://www.jmilne.org/math/CourseNotes/CFT.pdf

Kedlaya "Notes on class field theory"https://kskedlaya.org/papers/cft-ptx.pdf

類体論の一般化

これには主に「非可換化」と「高次元化」の二種類の大きな方向性がある(Ivan Fesenkoによると三つあってあと一つは遠アーベル幾何学だそうであるが筆者はこれについてはほとんど何も知らないので解説はできない).

まず前者は「類体論(特にアルティン相互法則)とは(「代数的な」)絶対ガロア群の指標と(「代数的な」)射類群の指標(ヘッケの量指標*12)が一対一に対応するという理論である」という視点で一般化する(ここで指標は一次元表現であることを確認されたい)。これはラングランズ予想と呼ばれるものになる.ラングランズ予想も類体論のそれと対応して局所ラングランズ予想,大域ラングランズ予想の二種類がある.大域ラングランズ予想は性質の良い絶対ガロア群$\gal(\bar{F}/F)$の$n$次元($\ell$進)表現が$F$のアデールを係数とする$n$次可逆行列のなす群$\mathrm{GL}_n(\A_F)$のある種の特別な対称性を持った表現(保型表現)というものと一対一に対応する(+α)という主張で,未だに恐ろしく難しい未解決問題としてそびえ立っている(局所ラングランズ予想の場合は絶対ガロア群ではなくそれを少し修正したヴェイユ群$W_F$というものの表現と$\mathrm{GL}_n(F)$のある種の表現が対応するという主張になる).

このラングランズ予想のことを非可換類体論と言ったりもする(その文脈では普通の類体論は可換類体論と言ったりする).

追記:ラングランズ予想に対する筆者の今のところの認識をまとめた記事を書きました(ラングランズ予想の正確なステートメントを知る | Mathlog)。

そして後者は扱う数体自体を一般化するという試みである.局所体ならそれの一般化である$n$次元局所体$F$(実は定義は単純である)というものを考え,それに対する類体論を追い求める.ここでガロア群と同型になるべき対象は$F$の$n$次位相的ミルナー$K$群$K^{top}_n(F)$という代数的$K$理論という分野で研究される対象であることが知られている(実際$K^{top}_1(F)=F^{\times}$が成り立つようである).相互法則は次のようになる:

定理[加藤, パーシン]
$K/F$を有限次アーベル拡大とすると
$$
K^{top}_n(F)/N_{K/F}K^{top}_n(K)\cong \gal(K/F).
$$

これは加藤和也とパーシンが独立に導いたようである。そして加藤先生に至ってはなんと博士論文の結果のようである。(Wikipediaなどで散々いじられているけれども)本当に恐るべき巨人である。

大域体$F$の場合は$F$をスキーム$\spec(\mc{O}_F)$上の関数体と見る視点によって$\Z$上の然るべき条件を満たすスキーム$X$に対してそれに対する類体論を追い求める.ここで現在完成している不分岐高次元大域類体論の主張においてはガロア群はアーベル基本群$\pi^{ab}(X)$というものに再解釈され,そしてこれと同型になるべき対象は$0$次チャウ群$\operatorname{CH}_0(X)$という対象であることが知られている(実際$\pi^{ab}(\spec(\mc{O}_F))\cong \gal(H_F/F)$,$\operatorname{CH}_0(\spec(\mc{O}_F))\cong \cl_F$が成り立つようである).相互法則は次のようになる*13

定理[ブロック, 加藤・斎藤]
$X$を然るべき条件を満たす$\Z$上のスキームとすると
$$
\operatorname{CH}_0(X)\cong \tilde{\pi}^{ab}(X).
$$
(ここで$\tilde{\pi}^{ab}(X)$は$\pi^{ab}(X)$のとある商.)

これには加藤和也先生とその弟子の斎藤秀司先生の両名の日本人数学者が大きく活躍した.これについての参考文献は『代数的サイクルとエタール・コホモロジー』の最終章である.興味のある読者は参考にしてほしい.そして今はモチヴィック・コホモロジーを用いた記述が盛んに研究されているとのことであるがもう既に内容が筆者の力量を遥かに超えているのでこの辺りで筆を置かざるを得ない.


~今後の予定(面倒なので本当は誰かが書いてほしい)~

類体論の応用例,局所大域整合性とイデールによる大域類体論,イデール論とイデアル論のつながり

イデールによる大域類体論イデアルのそれと最も違うのは無限次元拡大を扱うことが出来る点であることを述べる.

*1:ただ加藤・黒川・斎藤『数論I』定理5.21.はかなり良い説明であり本記事の内容もこれに近いものではある(流石は加藤和也先生である)。ただしそこではモジュラスを扱っていないがために射類体ではなく狭義の射類体になってしまっている所がとても惜しいところである。そしてそこではアルティン相互法則が述べられていない((8.3)に述べられているが番号が飛んでいることからもわかるようにかなり後ろに飛んで書かれている)。そもそも(狭義の)射類群を定義するのもイデールを定義したあと§6.4(i)であって少し飛んでいて何よりイデールを使って定義しているので取っ付きにくくなってしまっている。本記事ではイデアル論という取っ付き易いスタンスを一貫しつつその辺りの欠点を全て直した解説のつもりである。

*2:アルキメデスという名前が唐突に出てきて面食らう読者も多いと思うがこれはアルキメデスの原理:「任意の正の実数$a,b$に対してある自然数$n$が存在して$na>b$」という条件が成り立つか否かというような議論に由来している.そのような性質が成り立たない絶対値を備える体が非アルキメデス局所体というわけである

*3:まれに「Strahl類群」と呼ばれるときもある(読みは「シュトラール」.ドイツ語).

*4:今後わざわざこのような断り書きはしないこととする.

*5:ノイキルヒ,Childressでは狭義の射類群のことを射類群と呼んでいるので注意

*6:環準同型$f:A\to B$によるイデアル$I\subset A$の$B$への拡大$I^{ext}$とは$B$内において$f(I)$で生成されるイデアル$I^{ext}=f(I)B$のことであった.

*7:これは$\mf{m}_{\rm{fin}}$を割らない全ての素点が$K$で不分岐となるという意味の用語.

*8:$S$の定め方から各Frobnius自己準同型がwell-definedであることを確認されたい.

*9:これには合同群という名前が一応ついているが類体論特有の用語なので覚えなくていい.

*10:これは[Janusz, Theorem 9.9]の"the classification theorem"の和訳であるがこの名称が一般的かどうかは少し怪しい.

*11:射類群の指標は一般ディリクレ指標と呼ばれる(ノイキルヒ参照)。これをたまにヘッケの$L$関数と呼んでいる文献があるがそれは間違いである。一般にヘッケの$L$関数とは一般ディリクレ指標$\chi$が単に群準同型であるだけでなく更に単項分数イデアル上である種の条件を満たすヘッケの量指標(Grössencharacter)と呼ばれるものであるときの一般ディリクレ$L$関数のことである。またヘッケの量指標とヘッケ指標は別物であるが一対一対応がある(ノイキルヒ参照)。ややこしいので注意されたい。

*12:これはヘッケ指標とは別物なので注意されたい(しかし一対一に対応する)

*13:なお現在では上よりもう少し一般的な結果が得られているらしい(Kerz-Schmidt-Wiesend,Schmidt-Spiess).