Period-Mathematics

使うための類体論 ~類体の定義,そして理論の肝,また展望を少し~

はじめに

(本記事で扱う類体論は代数体に対するイデアルによる大域類体論である.)

$\def\A{\mathbb{A}}
\def\B{\mathbb{B}}
\def\C{\mathbb{C}}
\def\F{\mathbb{F}}
\def\G{\mathbb{G}}
\def\H{\mathbb{H}}
\def\K{\mathbb{K}}
\def\M{\mathbb{M}}
\def\N{\mathbb{N}}
\def\O{\mathcal{O}}
\def\P{\mathbb{P}}
\def\Q{\mathbb{Q}}
\def\R{\mathbb{R}}
\def\T{\mathbb{T}}
\def\Z{\mathbb{Z}}
\def\mf{\mathfrak}
\def\mc{\mathcal}
\DeclareMathOperator{\cl}{Cl}
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\DeclareMathOperator{\ker}{Ker}
\newcommand{\dprod}{\displaystyle\prod}
\renewcommand{\set}[2]{\left\{ #1 \mathrel{} \middle| \mathrel{} #2 \right\}}$

体は四則演算が出来る代数系であり,$\Q,\R,\C,\Q(\sqrt{2})$などが例である.一つの体そのものよりも体とその拡大体という相対的な状況を考えることが実際の現場では多いが,その拡大がガロア拡大という特別な拡大であるとき,その拡大の対称性(ガロア群)の構造とその拡大の構造は完全に同じであるという奇跡(ガロア理論)が成り立つことが現代では知られており,現代数学では空気のように使われている.

さて,数体と呼ばれる体の中でもある種の有限性を持った特別な体を扱う代数的整数論という分野がある.

代数的整数論は一般の体論とは違い非常に豊かな理論を展開する.歴史的にはフェルマーから始まり,多くの数学者たちを虜にしてきた美しい理論である.

類体論というのはこの数体に関して成り立つガロア理論のような奇跡である.それを以下で解説したい.

ただしこの記事では類体論と言ったら大域類体論、数体と言ったら代数体(次で解説する)のこととする.

筆者は日本語のイデアルによる大域類体論のユーザー目線の解説がこれまでなかった*1現状を常に憂いており,早く誰かが書かねばならないという思いを常に抱いていた.この記事はそれの第一弾のつもりである.

類体論の種類について

数体というのは大域体と局所体の大きく二種類に分類されて理論展開される.ここで,

大域体=代数体(二次体$\Q(\sqrt{d})$や円分体$\Q(\zeta_n)$など)+大域函数体(=有限体$\mathbb{F}_q$上の1変数代数関数体)($\mathbb{F}_q(t)$など)

局所体=アルキメデス*2局所体($\R,\C$のこと)+非アルキメデス局所体($p$進数体$\Q_p$など)

一般に局所体の方が大域体より構造が単純であり,(親しみやすいかどうかは別として)こちらの方が解析が簡単という哲学がある.

大域体に対する類体論を「大域類体論」,局所体に対する類体論を「局所類体論」といい,類体論は主にこの二種類に分かれる.

高木貞治が示したのは大域類体論の方で多くの一般向け解説で単に「類体論」と言われたら大域類体論のことを指していると思って間違いない(局所類体論は歴史的にも後に示されたし$p$進数体などは数学好きの読者であってもなかなか慣れ親しみのないものであることも関係しているかもしれない).

現代では非可換類体論と高次元類体論類体論に入れるべきである.これについては最後の節で解説する.

以下単に「数体」と言ったら代数体のこととする。

類体の定義

まずイデアル類群を一般化した射類群という対象を導入する.それはイデアル類群にモジュラス$\mf{m}$という新たな指標を導入したものである.モジュラスについてご存知ない方は【大域類体論】モジュラスと乗法合同で混乱しやすい所 | Mathlogをどうぞ.

定義[射類群]

$\mf{m}$を代数体$F$のモジュラスとする.次のような群を定義する

を$\mf{m}$を法とする射類(ray class)という(上付きの$1$は$\equiv 1$という条件を象徴したものだと筆者は解釈している). 無限部分$\mf{m}_{\infty}$が関わるのはこれだけである.

そして
$$
Cl_F(\mf{m}):=I_F(\mf{m}) /\mc{P}_F^1(\mf{m})
$$
を$\mf{m}$を法とする射類群(ray class group)*3と呼ぶ(英語名の方が良く知られている).これは有限群であることが知られている.

備考

(1) $\mf{m}$を$F$のモジュラス,$\infty_1,\ldots,\infty_{r_1}$を$F$の実素点(に対応する形式的な記号)*4の全てとするときモジュラス$\mf{n}=\mf{m}_{\rm{fin}}\infty_1\cdots\infty_{r_1}$に対応する射類群
$$
Cl_F^{+}(\mf{m}_{\rm{fin}}):=Cl_F(\mf{n})=I_F(\mf{m}_{\rm{fin}})/\mc{P}_F^{+}(\mf{m}_{\rm{fin}})
$$
狭義の射類群(narrow ray class group)という*5

(ここで
$$
\mc{P}_F^{+}(\mf{m}_{\rm{fin}})
:=\mc{P}_F^1(\mf{n})
=\set{\alpha\mc{O}_F\in I_F(\mf{m})}{\alpha\in F, \alpha\equiv 1 \pmod{^{\times} \mf{m}_{\rm{fin}}} \text{かつ} \alpha\gg 0}.
$$

ただし$\alpha\gg 0$は総正の意味)

(2) $I_F((1))=I_F, \mc{P}_F^1((1))=\mc{P}_F$($F$の単項分数イデアル群)より$Cl_F((1))=Cl_F$.また$Cl_F^{+}((1))=Cl_F^{+}$(狭義のイデアル類群).

ここまで全て$F$の中の話($F$の拡大体は関係ない話)であることに注意.

次の高木群の定義には$F$の外側(i.e. $K$)の情報を少し含んでいる.まずモジュラスの拡大を定義する.

定義
数体の拡大$K/F$において$K$のモジュラス$\mf{m}^{ext}$が$F$のモジュラス$\mf{m}=\dprod_{v\in V} v^{\mf{m}_{v}}$の拡大であるとは

$$
\mf{m}^{ext}=\dprod_{v\in V} (\mf{p}_v^{ext})^{\mf{m}_{v}}
$$

であることと定める.ただしここで$\mf{p}_v^{ext}$は$v$が有限素点のときは素イデアル$\mf{p}_v$の(環論的な)イデアルとしての拡大
*6,$v$が無限素点のときは

$$
\mf{p}_v^{ext}:= \left(\dprod_{w\mid v} \mf{P}_w\right)^{\mf{m}_v}
$$

と定める(ただし$\mf{P}_w$は無限素点$w$に対応する形式的な記号).

定義
$K/F$をガロア拡大とする.相対ノルムを取る写像(を分数イデアルに対しても自然に拡張した)
$$
N_{K/F}:I_K(\mf{m}^{ext})\to I_F(\mf{m})
$$
の群準同型像$N_{K/F}(I_K(\mf{m}^{ext}))$と$\mc{P}_F^1(\mf{m})$の, アーベル群$I_F(\mf{m})$の部分群としての積を$\mc{P}_F^1(\mf{m})$で割った群

$$
T_{\mf{m}}(K/F):= \mc{P}_F^1(\mf{m})\cdot N_{K/F}(I_K(\mf{m}^{ext}))/\mc{P}_F^1(\mf{m})
$$

高木群と呼ぶ.これは射類群$Cl_F(\mf{m})$の部分群である.射類群の有限性より高木群の群指数は有限である,

次にフロベニウスを拡張したアルティン写像というものを導入する.フロベニウスの定義は平方剰余記号の「正体」 そしてn乗剰余記号へ | Mathlogに書きました.

定義[アルティン写像]
$\mf{m}$を$F$のモジュラス, 有限次アーベル拡大$K/F$を$\mf{m}_{\rm{fin}}$の外不分岐*7となるものとする.\\

写像
$$
\left(\frac{K/F}{\cdot}\right)
: I_{F}(\mf{m})\to\gal(K/F)
$$

$$
\mf{a}=\dprod_{\substack{\mf{p}\nmid \mf{m}_{\rm{fin}}}}\mf{p}^{e_{\mf{p}}}
$$
のとき
$$
\left(\frac{K/F}{\mf{a}}\right)
:=\prod_{\substack{\mf{p}\nmid \mf{m}_{\rm{fin}}}} \left(\dfrac{K/F}{\mf{p}}\right)^{e_{\mf{p}}}
$$
と定める.これを$K/F$におけるアルティン写像という.*8


アルティン写像については次が知られている:

定義[アルティン写像全射性([Sutherland, Theorem21.19.])]
$\mf{m}$を$F$のモジュラス, 有限次アーベル拡大$K/F$を$\mf{m}_{\rm{fin}}$の外不分岐となるものとする.

このときアルティン写像
$$\left(\frac{K/F}{\cdot}\right): I_{F}(\mf{m}) \rightarrow \operatorname{Gal}(K/F)$$
全射である.

結論から言うと$\mc{P}_F^1(\mf{m})\subset \ker \left(\frac{K/F}{\cdot}\right)$が成り立ち,従ってアルティン写像
$$
\left(\frac{K/F}{\cdot}\right):\cl_F(\mf{m})\to \gal(K/F)
$$
とみなせる.

さて類体の定義を述べる準備が整った:

定義
$\mf{m}$を$F$のモジュラス, $H$を$\mf{m}$を法とする射類群$\cl_F(\mf{m})$の部分群*9とする.このとき$\mf{m}_{\rm{fin}}$の外不分岐となる有限次ガロア拡大$K/F$が($\bmod{\mf{m}}$を法とする)$H$に関する(対応する)類体であるとは$H=T_{\mf{m}}(K/F)$かつアルティン写像
$$
\left(\frac{K/F}{\cdot}\right):\cl_F(\mf{m})/H\to \gal(K/F)
$$
が同型になるときをいう(つまり$\ker \left(\frac{K/F}{\cdot}\right)=H$となるときである). 特に自明部分群$H=1$に対応する$F$の類体をmod $\mf{m}$における射類体(ray class field)といい$F(\mf{m})$で表す.更に$H_F:=F((1))$を$F$のヒルベルト類体(Hilbert class field)という.

類体の凄いところは$F$という基礎体の情報からその拡大に関する情報をほぼ完璧に含む右辺の情報がおおよそ得られてしまうこと,加えてその同型がアルティン写像によって与えられる(従って類体における(不分岐な)素イデアルの分解法則は$H$に含まれるか否かで記述できる)ところにある.

ここで実はどんな$H\subset \cl_F(\mf{m})$に対しても$H$に関する類体が一意に存在することが知られている.これが高木の存在定理(と類体の一意性定理)である.次の節で詳しく解説する.

また$\mf{m}$を$F$のモジュラス,$\infty_1,\ldots,\infty_{r_1}$を$F$の実素点の全てとするときモジュラス$\mf{n}=\mf{m}_{\rm{fin}}\infty_1\cdots\infty_{r_1}$に対応する射類体$F^{+}(\mf{m}_{\rm{fin}}):=F(\mf{n})$を$F$のmod $\mf{m}$に関する狭義の射類体(narrow ray class field)といい,$H^{+}_F:=F^{+}((1))=F(\infty_1\cdots\infty_{r_1})$を$F$の狭義のヒルベルト類体(narrow Hilbert class field)という.

補足
・『数論1』のp.164に出てくる$0$でない整イデアル$\mf{a}$に対して存在する$K(\mf{a})$の正体は$K$の$\mf{a}$に関する狭義の射類体である.

ヒルベルトが歴史的に最初に存在を予言したのは(ヒルベルト類体ではなく)狭義のヒルベルト類体である.

・(一言)類体論の使い方を知るにはまずヒルベルト類体について遊んでみると入りやすいかもしれない(モジュラスのことを完全に無視できるから)(ただし$H_{\Q}=\Q$には注意されたい)。ヒルベルト類体は虚二次体の場合のそれを与える方程式、ヒルベルト多項式(Hilbert class polynomial)の研究もある程度あるからである。PARI/GPでは二次体上のそれを計算するコマンドが用意されているhttps://qiita.com/iwaokimura/items/0a12d83768d4043b8e65.

なお『類体論講義』で採用されている類体の定義は高木貞治によるものであるが,それが次である:

定義[高木貞治による類体の定義]
$\mf{m}$を$F$のモジュラス, $H$を$\mf{m}$を法とする射類群$\cl_F(\mf{m})$の部分群とする.このとき$\mf{m}_{\rm{fin}}$の外不分岐となる$n$次ガロア拡大$K/F$が$H$の類体であるとは$H=T_{\mf{m}}(K/F)$かつ
$$
\cl_F(\mf{m})/H
$$
が位数$n$のときをいう.
「証明」[(これが始めの類体の定義と同値な理由)]
$K/F$が高木貞治の意味で$H$の類体であったとする.このとき河田敬義『数論』p.408にあるように$K/F$はアーベル拡大である.するとアルティン写像全射性と両辺の位数が等しいことからそれは実は同型である,つまり$K/F$は$H$の類体である.

類体論の肝の主張

大域類体論の本には類体論の基本等式を示すのが大事でそのためにはまず第一不等式と第二不等式をそれぞれ示して~というようなことが書いてあるのだがそんなものは類体論を使う立場にとってはどうでもいいものである.

まず類体論の最初の大事な事実として射類体の存在定理がある.

定理1[高木の存在定理の系]
$F$のモジュラス$\mf{m}$に対して射類体$F(\mf{m})$が存在する.

そしてこれと次の定理を組み合わせると大きな結果を得る.

定理2[ノイキルヒ, 系6.3]
任意のアーベル拡大$K/F$に対してある$F$のモジュラス$\mf{m}$が存在して$K$は射類体$F(\mf{m})$に含まれる:$K\subset F(\mf{m})$.

・なぜこれがそんなに凄いか?

まず射類体$F(\mf{m})$とはアルティン写像によって
$$
\gal(F(\mf{m})/F)\cong \cl_F(\mf{m})
$$
となるものであった.$F=\Q, \mf{m}=m\infty$($\infty$は唯一の実素点)と取ればこれは円分体$F(\mf{m})=\Q(\zeta_m)$である.円分体のガロア群は極めて単純で,従ってガロア理論よりその部分体を解析するのは比較的簡単であった.そしてそこでクロネッカーウェーバーの定理という奇跡が成り立つのであった.これは$\Q$の任意のアーベル拡大が円分体に含まれるという主張である.つまりこれらより$\Q$の任意のアーベル拡大は比較的簡単に解析出来るということになる.

上の射類体に関する定理たちはこれが一般の代数体$F$に対して全くのアナロジーが成り立つということを意味するのだ!これだけの奇跡であるから類体論の発見者である高木貞治も当初自分の結果が信じられずそれを反証しようとしてノイローゼ気味になったというぐらいである.

注意
・定理2の$\mf{m}$を$K$の定義モジュラス(defining modulus for $K$)という.定義モジュラスは一つに定まるような対象ではなく(整除関係に関して)十分大きいモジュラスは定義モジュラスになる.これについては次のような精緻な特徴付けが知られている:
命題[ノイキルヒ, 命題6.5]
$\mf{m}$は$K$の定義モジュラス$\iff \mf{m}$は$K/F$の導手$\mf{f}_{K/F}$で割れる.
(ここで導手$\mf{f}_{K/F}$の定義については[Sutherland, Definition 22.24]を参照)

つまり$K/F$の導手$\mf{f}_{K/F}$とは$K$の最小の定義モジュラスというわけである.

 ・$\Q$であったり虚二次体$\Q(\sqrt{-d})$の射類体が円分体だったり$j$函数と$\wp$函数の特殊値を追加することで得られる(クロネッカーの青春の夢虚数乗法論)という事実は類体論の一般論からはわからない。類体論の一般論が保証しているのはあくまで射類体の「存在だけ」である。個々の数体$F$に対する射類体などについての情報を与える理論を口語で"$F$の類体論"という。つまり円分体論は"$\Q$の類体論"であり、虚数乗法論は"虚二次体の類体論"である。では一般の数体$F$に対する"$F$の類体論"は何か?というのを問うのがヒルベルトの第12問題である。ちなみに谷山・志村予想で有名な志村五郎は高次元虚数乗法論というものを確立しそれが"CM体の類体論"であることを示した。

類体論とは何か?に対する答え

筆者の答えは次である:

類体論とは上の定理2と次の事実をあわせたものである;

定理[類体の分類定理*10]

証明
(互いに逆であること)
これは,上の写像が$K$にGalois対応する群$\gal(F(\mf{m})/K)$をArtin写像の逆写像$\varphi^{-1}$で送ったものに等しいこと(つまり$\varphi^{-1}(\gal(F(\mf{m})/K))=T_{K/F}(\mf{m})$)が言えれば,Galois対応と組み合わせることにより直ちに従うがこのことは次から従う;

$$
\cl_F(\mf{m})
\xrightarrow{\varphi} \gal(F(\mf{m})/F)
\twoheadrightarrow \gal(F(\mf{m})/F)/\gal(F(\mf{m})/K)
\xrightarrow{|_K} \gal(K/F)
$$

は全て全射でこれらの合成は$\left(\frac{K/F}{\cdot}\right)$に等しい.

また

定理[Artin相互法則(「アーベル体は類体なり」)]
任意のAbel拡大$K/F$と任意の$F$のモジュラス$\mf{f}_{K/F}\mid \mf{m}$に対して($K/F$は$\mf{m}_{\rm{fin}}$の外不分岐であり,)$\ker \left(\frac{K/F}{\cdot}\right)=T_{\mf{m}}(K/F)$.

(よってArtin写像
\[
\left(\frac{K/F}{\cdot}\right):\cl_F(\mf{m})/T_{\mf{m}}(K/F)\to \gal(K/F)
\]
は同型になる.)

より$\ker \left(\frac{K/F}{\cdot}\right)=T_{K/F}(\mf{m})$.これらより従う.

まず観察されるのは上の写像全射性はいわゆる高木の存在定理そのものだということである.

そして下の写像全射性と定理2が意味するのは任意の数体のアーベル拡大$K$にはあるモジュラス$\mf{m}$と$H$があって($H$は$K/F$の高木群であり,)$F$上のガロア群が$\cl_F(\mf{m})/H$にアルティン写像を通じて同型ということだがこれは即ち$K$が$H$の類体であるということである.つまり$H$の類体とはこの写像によって対応する$F$の拡大体なのだ!

このように上2つの定理は類体論の核心を突いていることがわかる.

そしてこれを見るとはじめに類体論を「数体に対して成り立つガロア理論のような奇跡」と述べた理由がわかると思う(わからない読者はガロアの基本定理と上を見比べてみてほしい).これが類体論である(筆者はこの理解に達するまでに年単位の時間を溶かしてしまった...).

まとめ:

類体論を把握するにあたって心に留めておくべき大事な事実は次の3つである(どれか一つが欠けても駄目):

$F$を数体とする。

・(類体とはどういう体か):$F$の$H$に関する類体の$F$上のガロア群と射類群の剰余群$\cl_F(\mf{m})/H$との同型がアルティン写像によって与えられる(従って類体における(不分岐な)素イデアルの分解法則は$H$に含まれるか否かで記述できる).

・(「(十分大きい)モジュラスを指定するごとにアーベル拡大の親玉が存在する」):任意の$F$の有限次アーベル拡大$K$はモジュラス$\mf{f}_{K/F}\mid \mf{m}$に対する射類体$F(\mf{m})$に含まれる.

・((いわゆる)「アーベル体は類体なり」):任意の$F$の有限次アーベル拡大$K$はモジュラス$\mf{f}_{K/F}\mid \mf{m}$を法とする射類群$\cl_F(\mf{m})$のある部分群$H\subset \cl_F(\mf{m})$に対する類体である.

類体論の証明についてのコメント

証明には群コホモロジーを本質的には駆使することになる.その証明は通称「長いトンネル」と言われるようにとても長いものになる.特にアルティン写像の核の決定がかなり長い(全射性は意外と長くない).証明を一通り読んだ経験のある筆者個人の意見としては証明を読むのに労力をかけるのは全くおすすめしない(どころか,筆者はこれに多大な労力と時間を割いたことを後悔すらしている).早く主張と使い方を知るべきだと思う.これについてもガロア理論とノリが似ている.

歴史的なこと:

最初高木貞治は「一般ディリクレ$L$関数」*11$L(s,\chi)$という解析的な対象を使って示した.しかしそれ(とモジュラスの概念)が気に食わなかったシュバレーはイデール群$\A^{\times}$というものを考案し,代数的に証明することに成功した.

(注:代数的な証明が出来たこととイデールによる表現が与えられたことは実は無関係であり、イデアル論の範疇で代数的に証明することも可能である。これについては彌永昌吉『数論』p.477を参照)

そしてイデール,それをヴェイユが拡張したアデール環$\A$の概念は数論において広く使われる言語となった.

また歴史的には大域類体論$\implies$局所類体論と示したが,これを受けたネーターは直ちに「逆を遂行すべきだ」,つまり局所類体論$\implies$大域類体論という方向で証明すべきだと言った.そして現代ではその方向で示すのが理論展開的には綺麗とされる(ただし最初の方でも言ったようにそれが親しみやすいかどうかは怪しい).

証明が載っている文献:

Janusz "Algebraic number fields"

Sutherland "Number Theory I"(MITの講義ノート):https://ocw.mit.edu/courses/18-785-number-theory-i-fall-2021/mit18_785f21_full_lec.pdf
(ただし不分岐($\mf{m}=1$)な場合に限って証明)(良いpdfなのだが相互法則の証明に不備がある。著者にメールしたところ2024年の講義には不備を修正して臨むとのことである。なので今の段階ではそれを承知で使ってもらいたい)

Milne "Class field theory" https://www.jmilne.org/math/CourseNotes/CFT.pdf

Kedlaya "Notes on class field theory"https://kskedlaya.org/papers/cft-ptx.pdf

類体論の一般化

これには主に「非可換化」と「高次元化」の二種類の大きな方向性がある(Ivan Fesenkoによると三つあってあと一つは遠アーベル幾何学だそうであるが筆者はこれについてはほとんど何も知らないので解説はできない).

まず前者は「類体論(特にアルティン相互法則)とは(「代数的な」)絶対ガロア群の指標と(「代数的な」)射類群の指標(ヘッケの量指標*12)が一対一に対応するという理論である」という視点で一般化する(ここで指標は一次元表現であることを確認されたい)。これはラングランズ予想と呼ばれるものになる.ラングランズ予想も類体論のそれと対応して局所ラングランズ予想,大域ラングランズ予想の二種類がある.大域ラングランズ予想は性質の良い絶対ガロア群$\gal(\bar{F}/F)$の$n$次元($\ell$進)表現が$F$のアデールを係数とする$n$次可逆行列のなす群$\mathrm{GL}_n(\A_F)$のある種の特別な対称性を持った表現(保型表現)というものと一対一に対応する(+α)という主張で,未だに恐ろしく難しい未解決問題としてそびえ立っている(局所ラングランズ予想の場合は絶対ガロア群ではなくそれを少し修正したヴェイユ群$W_F$というものの表現と$\mathrm{GL}_n(F)$のある種の表現が対応するという主張になる).

このラングランズ予想のことを非可換類体論と言ったりもする(その文脈では普通の類体論は可換類体論と言ったりする).

追記:ラングランズ予想に対する筆者の今のところの認識をまとめた記事を書きました(ラングランズ予想の正確なステートメントを知る | Mathlog)。

そして後者は扱う数体自体を一般化するという試みである.局所体ならそれの一般化である$n$次元局所体$F$(実は定義は単純である)というものを考え,それに対する類体論を追い求める.ここでガロア群と同型になるべき対象は$F$の$n$次位相的ミルナー$K$群$K^{top}_n(F)$という代数的$K$理論という分野で研究される対象であることが知られている(実際$K^{top}_1(F)=F^{\times}$が成り立つようである).相互法則は次のようになる:

定理[加藤, パーシン]
$K/F$を有限次アーベル拡大とすると
$$
K^{top}_n(F)/N_{K/F}K^{top}_n(K)\cong \gal(K/F).
$$

これは加藤和也とパーシンが独立に導いたようである。そして加藤先生に至ってはなんと博士論文の結果のようである。(Wikipediaなどで散々いじられているけれども)本当に恐るべき巨人である。

大域体$F$の場合は$F$をスキーム$\spec(\mc{O}_F)$上の関数体と見る視点によって$\Z$上の然るべき条件を満たすスキーム$X$に対してそれに対する類体論を追い求める.ここで現在完成している不分岐高次元大域類体論の主張においてはガロア群はアーベル基本群$\pi^{ab}(X)$というものに再解釈され,そしてこれと同型になるべき対象は$0$次チャウ群$\operatorname{CH}_0(X)$という対象であることが知られている(実際$\pi^{ab}(\spec(\mc{O}_F))\cong \gal(H_F/F)$,$\operatorname{CH}_0(\spec(\mc{O}_F))\cong \cl_F$が成り立つようである).相互法則は次のようになる*13

定理[ブロック, 加藤・斎藤]
$X$を然るべき条件を満たす$\Z$上のスキームとすると
$$
\operatorname{CH}_0(X)\cong \tilde{\pi}^{ab}(X).
$$
(ここで$\tilde{\pi}^{ab}(X)$は$\pi^{ab}(X)$のとある商.)

これには加藤和也先生とその弟子の斎藤秀司先生の両名の日本人数学者が大きく活躍した.これについての参考文献は『代数的サイクルとエタール・コホモロジー』の最終章である.興味のある読者は参考にしてほしい.そして今はモチヴィック・コホモロジーを用いた記述が盛んに研究されているとのことであるがもう既に内容が筆者の力量を遥かに超えているのでこの辺りで筆を置かざるを得ない.


~今後の予定(面倒なので本当は誰かが書いてほしい)~

類体論の応用例,局所大域整合性とイデールによる大域類体論,イデール論とイデアル論のつながり

イデールによる大域類体論イデアルのそれと最も違うのは無限次元拡大を扱うことが出来る点であることを述べる.

*1:ただ加藤・黒川・斎藤『数論I』定理5.21.はかなり良い説明であり本記事の内容もこれに近いものではある(流石は加藤和也先生である)。ただしそこではモジュラスを扱っていないがために射類体ではなく狭義の射類体になってしまっている所がとても惜しいところである。そしてそこではアルティン相互法則が述べられていない((8.3)に述べられているが番号が飛んでいることからもわかるようにかなり後ろに飛んで書かれている)。そもそも(狭義の)射類群を定義するのもイデールを定義したあと§6.4(i)であって少し飛んでいて何よりイデールを使って定義しているので取っ付きにくくなってしまっている。本記事ではイデアル論という取っ付き易いスタンスを一貫しつつその辺りの欠点を全て直した解説のつもりである。

*2:アルキメデスという名前が唐突に出てきて面食らう読者も多いと思うがこれはアルキメデスの原理:「任意の正の実数$a,b$に対してある自然数$n$が存在して$na>b$」という条件が成り立つか否かというような議論に由来している.そのような性質が成り立たない絶対値を備える体が非アルキメデス局所体というわけである

*3:まれに「Strahl類群」と呼ばれるときもある(読みは「シュトラール」.ドイツ語).

*4:今後わざわざこのような断り書きはしないこととする.

*5:ノイキルヒ,Childressでは狭義の射類群のことを射類群と呼んでいるので注意

*6:環準同型$f:A\to B$によるイデアル$I\subset A$の$B$への拡大$I^{ext}$とは$B$内において$f(I)$で生成されるイデアル$I^{ext}=f(I)B$のことであった.

*7:これは$\mf{m}_{\rm{fin}}$を割らない全ての素点が$K$で不分岐となるという意味の用語.

*8:$S$の定め方から各Frobnius自己準同型がwell-definedであることを確認されたい.

*9:これには合同群という名前が一応ついているが類体論特有の用語なので覚えなくていい.

*10:これは[Janusz, Theorem 9.9]の"the classification theorem"の和訳であるがこの名称が一般的かどうかは少し怪しい.

*11:射類群の指標は一般ディリクレ指標と呼ばれる(ノイキルヒ参照)。これをたまにヘッケの$L$関数と呼んでいる文献があるがそれは間違いである。一般にヘッケの$L$関数とは一般ディリクレ指標$\chi$が単に群準同型であるだけでなく更に単項分数イデアル上である種の条件を満たすヘッケの量指標(Grössencharacter)と呼ばれるものであるときの一般ディリクレ$L$関数のことである。またヘッケの量指標とヘッケ指標は別物であるが一対一対応がある(ノイキルヒ参照)。ややこしいので注意されたい。

*12:これはヘッケ指標とは別物なので注意されたい(しかし一対一に対応する)

*13:なお現在では上よりもう少し一般的な結果が得られているらしい(Kerz-Schmidt-Wiesend,Schmidt-Spiess).

抽象代数学の威力を具体的な問題で体感する(コサインが有理数値を取る場合について)

次のような問題を考えましょう:


問題:$0 < a < b$を互いに素な整数とする。$\cos(a\pi/b)$が有理数となるような$a,b$を全て求めよ。

(こちらで見かけたのがきっかけです:
cos(rπ)∈ℚとなるr∈ℚについて | Mathlog

解法

リンク先では高校数学の範疇で難しい議論をしていますが、この問題は代数学を使えば比較的簡単に示せます:

$\alpha=\cos(a\pi/b)$としましょう。

ここで$n=b (2\mid a), 2b (2\nmid a)$とすれば$\zeta_n=\exp(a\pi i/b)$は$1$の原始$n$乗根で($\mathbb{Q}$上の)次数*1は$\varphi(n)$です。よって$2\alpha=\zeta_n+\zeta_n^{-1}$は次数$\varphi(n)/2$です*2

ここで

より補題2と命題2を引用しよう:

補題2
$n$次既約多項式$f\in \mathbb{Q} [x]$の根$\alpha $による単拡大体$\mathbb{Q} (\alpha )$の$\mathbb{Q} $上のベクトル空間の基底として$\bigl\{1,\alpha ,\alpha ^2,\cdots ,\alpha ^{n-1}\bigr\} $が取れる。よって$[\mathbb{Q} (\alpha ):\mathbb{Q}]=n$

命題2
$L\supset L' \supset \mathbb{Q}$をそれぞれ$\mathbb{Q}$の$n,n'$次拡大体とするとき、$n=n' \iff L=L'$

すると$2\alpha\in\mathbb{Q}\iff \mathbb{Q}(2\alpha)=\mathbb{Q}\iff \deg(2\alpha)=1\iff \varphi(n)/2=1$が分かるが、$\varphi(n)/2=1\iff n=4,6$が初等的に分かります*3ので$b=2,3$がわかります。そしてこのとき$a$もわかります。

まとめると$(a,b)=(1,2),(1,3),(2,3)$です。

類題

件のコサインの値が有理数よりもっと広く、$\mathbb{Q}$係数の$2$次以上の多項式の根になるのはどのようなときか?という問いを
detail.chiebukuro.yahoo.co.jp
で見つけました。例えば$\cos(2\pi/7)$は
period-mathematics.hatenablog.com
で題材になっているように三次方程式$8x^3+4x^2-4x-1=0$の解になっている訳です。
これも同様の方針で解くことができます。

コメント

鍵は$\alpha$が代数性を持つこと(つまり代数的数であるということ)です。これにより代数学が適用出来ます。

代数学の方の理論的な鍵は過去記事から引用した事実たちです。これらは線型代数学が支えている事実なので大元を辿れば線型代数が重要、と言ってもいいでしょう。

(現)代数学の抽象性はしばしば学ぶ人を苦しめる訳ですが、抽象化の目的はいたずらに難しくするということではなく、余計な要素を削ぎ落として本質的な議論のみを取り上げる所にあるのです。そしてそこに抽象論の価値があるのです。従ってそういうものを集めた抽象論を応用出来たときの威力というのは凄まじく、また本質を捉えた鮮やかなものとなります(ただしここで本質の捉え方は一通りとは限らないことには注意)。

追記:解法2とそのコメント

巧い議論を見かけたので追記します:



代数的整数同士の和は代数的整数という強力な事実が使われているのがポイントですね。これは代数学で解釈すると環拡大$\mathbb{C}/\mathbb{Z}$における整閉包$\overline{\mathbb{Z}}:=\overline{\mathbb{Z}}^{\mathbb{C}}$が環になるという事実に相当します。一般に環$A$の(ある拡大環$B$における)整閉包$\overline{A}^B$は環になる事が知られています。凄いですね。

また代数的整数かつ有理数なら整数という事実はつまり$\overline{\mathbb{Z}}^{\mathbb{Q}}=\mathbb{Z}$という事ですがこの性質は代数学の用語で整数環$\mathbb{Z}$の整閉性と呼ばれるものになります。一般にUFD⇒整閉整域なのでこれは$\mathbb{Z}$がUFDであるという事実に由来するものです。

*1:$\zeta_n$の$\mathbb{Q}$上の最小多項式の次数の意味。

*2:これは$\zeta_n$を根に持つ多項式から$2\alpha$を根に持つ多項式を対応させる操作($x$のべきで割ってから$t=x+1/x$の多項式にする)が既約性を保つことと最小多項式の既約性による特徴付けからわかる

*3:$n=2^{e_1}3^{e_2}5^{e_3}\cdots$と表したとき十分大きい素数の指数は全て0になります。

非ユークリッド幾何から多様体へ

(今はまだ一番下にあるスライドからコピペしただけな段階で詳しい説明などは後日追加します)

はじめに

この記事ではなんで人類が多様体なんてものを考えだしたかその歴史的,数学的な流れを丁寧に追ってみたいと思います.なぜ多様体は重要かと困惑している方々の理解の助けになればと思います.

ここでは二次元の場合に話を限って考えます.

$\def\A{\mathbb{A}}
\def\B{\mathbb{B}}
\def\C{\mathbb{C}}
\def\F{\mathbb{F}}
\def\G{\mathbb{G}}
\def\H{\mathbb{H}}
\def\K{\mathbb{K}}
\def\M{\mathbb{M}}
\def\N{\mathbb{N}}
\def\O{\mathcal{O}}
\def\P{\mathbb{P}}
\def\Q{\mathbb{Q}}
\def\R{\mathbb{R}}
\def\T{\mathbb{T}}
\def\Z{\mathbb{Z}}
\def\mf{\mathfrak}
\def\mc{\mathcal}
\DeclareMathOperator{\cl}{Cl}
\DeclareMathOperator{\spec}{Spec}
\DeclareMathOperator{\vol}{vol}
\DeclareMathOperator{\aut}{Aut}
\DeclareMathOperator{\gal}{Gal}
\DeclareMathOperator{\ker}{Ker}
\newcommand{\dprod}{\displaystyle\prod}
\renewcommand{\set}[2]{\left\{ #1 \mathrel{} \middle| \mathrel{} #2 \right\}}$

幾何学」とは何か

おなじみの平面幾何学とはどういうものだったか?

基本的な考察対象:点,直線,三角形,円,多角形,...

基本的な考察内容:交わるかどうか,角度,面積,比,...

参考:幾何学は紀元前からの長い歴史を持っている(リンド・パピルス(B.C.1650,インド),ピタゴラスアルキメデス,エラトステネス...)

→ずっと$X=\R^2$(ユークリッド平面)という空間の中で考えてきた.

→別の空間$X$の中で考えたらどうなるだろうか?

「直線」,「平行」という用語の振り返り

ここでは$X$を一般の空間としよう.$X$内の曲線$C$の長さを$L(C)$で表すことにする.

「定義」[直線]
点$P,Q\in X$を用意する.$P$から$Q$へと至る曲線$C$のうち$L(C)$を最小にするようなものを「$P,Q$を結ぶ線分(あるいは直線)」という.曲線$C$の上のどんな二点$P,Q\in C$をとっても$C$の$P$から$Q$へと至る部分が「$P,Q$を結ぶ線分」であるとき,$C$を直線という.

二点$P,Q\in X$の間の「距離」$d(P,Q)$とは何か検討し直してみよう.

「定義」
$d(P,Q):=( \set{L(C)}{\text{$C$は$P,Q$を結ぶ曲線}}\text{の下限})$

つまり「最短距離」のイメージ.

「定義」[平行]
直線$l,l'$はそれらが交点を持たないとき平行であるという.

これらの定義は今後非常に重要になるのでよくよく抑えておいてほしい(特に赤字部分).

「例」
$X=\R^2$(平面)で,$P=(a,b),Q=(a',b')$と書かれるとき

$d(P,Q)=\sqrt{(a-a')^2+(b-b')^2}$

$S^2$(球面)上の幾何学

まず$X=S^2$(球面)における「直線」について検討してみよう.

($S^2$と書くと普通は半径1なのだがこのスライドでは(便利なので)半径は一般に$R$とする)



(引用:https://www.google.com/imgres?imgurl=https%3A%2F%2Fi.ytimg.com%2Fvi%2FuywUKIcYvt0%2Fmaxresdefault.jpg&imgrefurl=https%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fwatch%3Fv%3DuywUKIcYvt0&tbnid=aOUbHSMXi_naFM&vet=1&docid=4Mq4OA_9VOQC6M&w=1280&h=720&hl=ja-JP&source=sh%2Fx%2Fim

$S^2$(球面)上の直線

$X=S^2$(球面)における直線は大円(球の中心を通る平面で切ったときの断面の境界)(立派な定理)

→$X=S^2$(球面)において,平行な直線のペアは存在しない!

地面に”平行に”(正確には接ベクトルが平行ということ)2つ直線を引いて地球一周するとそれらは必ずどこかで交わる!

$S^2$における「三角形」

まず「三角形」という用語を振り返ろう.

「定義」[三角形]
空間$X$においてどの2つも平行でないような3つの直線に囲まれた(フチも込めた)領域を三角形という(ただし全てが一点で交わるような状況は考えない).

$S^2$における三角形

$\mathfrak{h}$(上半平面)上の幾何学

上半平面

$X=\mathfrak{h}$(上半平面(=平面$\R^2$の$y>0$の部分))ではおなじみの距離($d_{\R^2}(P,Q)=\sqrt{(a-a')^2+(b-b')^2}\ (P=(a,b),Q=(a',b'))$)とは違うポアンカレの距離というものを考える(後で出てくる).

「定義」[曲線の長さが与えられた空間における距離関数]
(二次元の)空間$X$内の(区分的に滑らかな)曲線$C:x=x(t),y=y(t)\ (t\in [0,1])$の長さが$L(C)$で与えられるとき,二点$P,Q\in X$の間の「距離」$d_{X}(P,Q)$として次のように定義されるものを考えることが出来る:

「定義」[ポアンカレの距離]

上の状況において

$L(C):=\displaystyle\int_0^1 \frac{1}{y(t)}\sqrt{(\frac{dx}{dt})^2+(\frac{dy}{dt})^2}dt$

と定めたときに生じる距離$d_{\mathfrak{h}}$のことをポアンカレの距離という.


(参考:おなじみのユークリッド距離$d_{\R^2}$は上の積分で$\frac{1}{y(t)}$の部分を消したもの)

$\mathfrak{h}$(上半平面)上の直線

ポアンカレの距離で考えたとき,$X=\mathfrak{h}$(上半平面)における直線は以下の2パターン(これも立派な定理):

・$x$軸に中心を持つ半円

・$y$軸に平行な半直線



どんな直線$l$と($l$の上にない)点$P$に対しても$l$に平行で$P$を通るような直線は無数に存在する!

$\mathfrak{h}$における「三角形」

「定義」[三角形(再掲)]
空間$X$においてどの2つも平行でないような3つの直線に囲まれた(フチも込めた)領域を三角形という(ただし全てが一点で交わるような状況は考えない).

$\mathfrak{h}$における三角形

空間$X$の曲がり具合を表す量


曲率というものを定義する際,単純な発想としては局所的に円とみなして定義することが出来るが,ガウスはそれとは違うものとして数学的にとても筋の良いガウス曲率という偉大な基準を考えた(cf.ガウスの驚異の定理).定義は難しいので省略する.

(”曲がり具合”という直感に合致しない例もあるので注意されたい(円柱のガウス曲率は0).)

例:$S^2,\R^2,\mathfrak{h}$のガウス曲率


ガウス曲率の偉大さ

「定理」[ガウスの驚異の定理の系]
空間$X,Y$が等長同型なら($X$のガウス曲率)=($Y$のガウス曲率)

これはつまり長さに関して2つの”幾何学$X,Y$が等しい”ならばそのガウス曲率は変わらないということである.

ガウス曲率はそれが$X$を外側から眺めることなく$X$の上に住んでいる人間から決定できてしまうという「($X$における)内在性」を持っている!

これの意味は例えば$X=S^2$なら通常はより大きな$U=\R^3$という大きな空間に埋め込んで考えるが,$X=S^2$のガウス曲率は$U$の幾何学的情報とは無関係に決まってしまうということである.これは$X=S^2$そのものを(”$U$の中の図形”ではなく)”空間”とみなすべきだ,という深い示唆をしていると取ることも出来るだろう.

この定理により,人類はロケットに乗ることなく地球が平面とは違う形をしていることを証明できてしまう.



空間$X$を一つ固定し,その中での事象を考える.$X$の各点$P$におけるガウス曲率$K(P)$が全て同じ$K(P)=K$(定曲率)なとき,以下が成り立つ.

「定理」[ガウス・ボンネの定理(の特別な場合)]
$X$における三角形$\Delta$は各頂点の角度が$\alpha,\beta,\gamma$であるとする.ここで$\Delta$の面積を$S$とするとき,

$KS=\alpha+\beta+\gamma-\pi$


(定曲率でないときにももちろん定理は成立し,左辺は各点のガウス曲率$K(P)$と$\Delta$によって決まる量であるが少し高度な対象となる)

ガウス・ボンネの定理より以下が分かる:

「系」
上の状況において,

(1) $X=S^2$(球面)のとき$K=p\ (p>0)$(正の実数)とすると

$S=\frac{1}{p}(\alpha+\beta+\gamma-\pi)$

(2) $X=\R^2$(平面)のとき

$\alpha+\beta+\gamma=\pi$

(3) $X=\mathfrak{h}$(上半平面)のとき$K=-p\ (p>0)$(負の実数)とすると

$S=\frac{1}{p}(\pi-\alpha-\beta-\gamma)$

このことから,三角形の内角の和は$X=S^2$(球面)においては$\pi$より大きく,$X=\mathfrak{h}$(上半平面)においては$\pi$より小さいことがわかる!

まとめ

空間$X$の幾何学的構造ガウス曲率$K$,距離$d$など)がその上の幾何学に(本質的かつ)多大な影響を及ぼしている!(19世紀頃:ガウス,リーマン,クライン...)


展望

$X$をもっと色んな”空間”に変えて”$X$-幾何学”(その上の幾何学)を考えてみたい!

→人類が$X$自体を考察対象にし始める

→どういった数学的対象$X$であれば”空間”と呼べるか?

→「多様体(manifold)」の概念(リーマンがそのアイデアを提唱(1854),ワイルやホイットニーらが厳密な定義を確立(1936))


現代幾何学の始まり:

基本的な考察対象:多様体$M$,その上の関数や微分形式,...

基本的な考察内容:微分同相による分類問題,埋め込み問題,...

人類が新たに見えたもの:ストークスの定理の真の姿,ド・ラーム理論,サーストンの幾何化予想($\Rightarrow$ ポアンカレ予想!),ミルナーの7次元エキゾチック球面,...

物理学への応用:一般相対性理論(宇宙を(4次元擬リーマン)多様体と考え,その上に物理学を展開することで辻褄が合った)

Q.多様体論はどこで教えてくれるの?

→数学科(と一部の物理学科)だけ!




この記事はとある高校で講演するとき用意したスライドを元にしています:

数学科の新入生に向けて ~数学科に入る前に知っておく/やっておくといいかもしれないこと~

この記事で目指すもの:本などには書いてくれないが数学科に入ったりゼミなどで非公式に教えられる、ついこの間まで受験生だった(標準的な)高校生が大学数学にスムーズに入門するのに役立つ知恵や知識について網羅すること(具体的な数学的な注意などについても書いているがそれはおまけ)。過去数学科の新入生だった自分が知りたかった&知るべきだったことを書いています。

$\def\A{\mathbb{A}}
\def\B{\mathbb{B}}
\def\C{\mathbb{C}}
\def\F{\mathbb{F}}
\def\G{\mathbb{G}}
\def\H{\mathbb{H}}
\def\K{\mathbb{K}}
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述語論理表記(記号論理学) ~現代数学のあいうえお~

∀や∃といった記号をご存知でしょうか.現代数学(のほとんど)*1において全ての数学的主張は量化子∀,∃を含んだ(高階)述語論理というものによって記述されます.従ってこれを扱う記号論理学は現代数学をやる上での「あいうえお」のようなものであり,まず現代数学を始めるにあたって記号論理学の習得が必要になります.知らない方はまずこれについて何か一冊本を読んでみましょう.

そしてこの述語論理を用いて論理展開を行う土俵となるのが集合論です(これはブルバキに始まったとされます).集合論そのものに深入りする必要はなく,全射単射,像,逆像,関係,集合族の直積,同値関係,商集合などなどの諸概念,つまり素朴集合論と呼ばれる範疇をやるだけで大体は間に合うのでこの辺りの概念に覚えがない皆さんは位相空間論の本の前半に大体書いてありますので読んでみましょう.

そしていざ何らかの数学的主張を述語論理を用いて書こうと思ったときに強く強く意識して欲しいのが

「新しい変数xが出てきたらその度に量化と所属Xの明示を必ずする」

です。量化とは量化子∀,∃をつけることです。日本語で「任意の」、「ある〜が存在して」と書いても良いです。

例えばフェルマーの最終定理をこれに忠実に型を合わせれば

「$\forall n\in\mathbb{Z}_{\geq 3}, \neg(\exists x\in\mathbb{Z}_{>0}, \exists y\in\mathbb{Z}_{>0}, \exists z\in\mathbb{Z}_{>0}, x^n+y^n=z^n)$」

となります。ただし¬は否定命題を取る記号、nの所属$\mathbb{Z}_{\geq 3}$は3以上の整数全体の集合を表す記号、x,y,zの所属$\mathbb{Z}_{\geq 0}$は0以上の整数全体の集合を表す記号です。

「$\forall n\in\mathbb{Z}_{\geq 3}$」は「$\forall n\in\mathbb{Z}, n\geq 3\Rightarrow$」や「任意の整数$n\geq 3$に対して」でも良いです。

また「$\exists x\in\mathbb{Z}_{>0}, \exists y\in\mathbb{Z}_{>0}, \exists z\in\mathbb{Z}_{>0}$」を簡単に「$\exists x,y,z\in\mathbb{Z}_{>0}$」と書いてしまう略し方も一般的です。

ちなみに極限limによる主張を述語論理表記しようというものがいわゆるイプシロン・デルタ論法になります。

変数の所属に関する例題:「実数係数方程式$ax^2+bx+c=0$を(複素数の範囲で)解け」*2

個人的な注意
  • $A:=B$は「$A$を$B$と定義する」を意味する記号でよく使われる一般的な記号です。=の上に「def」という文字を載せた記号も同じ意味です。=を$\iff$に置き換えた場合も全く同様です。
  • 量化子は手書きの場合は左上に指数のように小さく書く人がほとんどです。理由は変数を見やすくするためです(ですが正式な論理記号としてはそういう小さい∀、∃というのは正しくない表記ということになるのかもしれません)。
  • $\forall' x$という記号もよく使われますがこれは「ほとんど全ての$x$(:=有限個の$x$を除いて)に対して〜」を意味します。$\exists ! x$は「〜なる$x$が唯一つ存在する」の意味です。
  • 整数$a,b$に対して$a\mid b$は$a$は$b$を割り切るの意味です。$\nmid$はその否定です。また整数$e,n$,素数$p$に対して$p^e|| n$は$p^e\mid n$かつ$p^{e+1}\nmid n$、つまり$n$は$p$で丁度$e$回割れることを意味します。これらは明示的に教わる機会が薄いのですが一般的な記号です。
  • $\sim$の読みは「チルダ」です。$\tilde{X}$なら「エックスチルダ」と読みます。
  • 特に高校数学までの知識しか無い人が∩を「かつ」の意味で使ったりしている場面をたまに見るのですがそれは間違いです。∩の両側には集合しか来てはいけません。集合ではなく文章を繋ぎたいときは∧という尖った記号を使うのが正しいです。∪についても同じで「または」を記号で書きたいときは∨を使ってください。
  • 多項式における$x$などの記号は形式変数と呼ばれ上の意味での変数とは違うものなので量化などの必要はありません。例えば$5x^2+3x+7$という多項式は$f(0)=7,f(1)=3,f(2)=5,f(n)=0 (n\geq 3)$という函数$f:\mathbb{N}\to\mathbb{N}$の言わば「略記」にすぎないのです。もし$5x^2+3x+7$を$x$を変数とする函数とみたい場合はそれが「多項式函数」であるという宣言をしなければなりません。多項式多項式函数は実は違うものなのです(筆者は学部2年までこのことを知りませんでした)。気をつけましょう。

この区別は些細なことではなくとても重要な問題です。例えば$\Z/3\Z$係数の多項式$p(x):=x^3-x\in (\Z/3\Z)[x]$は全ての$a \in \Z/3\Z$に対して$p(a)=0$ですが$p(x)\neq 0$です(0多項式とは全ての係数が0であるような多項式のことだからです)。

ただしここで$\Z/3\Z$上の多項式函数がなす環を$(\Z/3\Z)[x]^{\mathrm{func}}$とし、多項式にそれが定める多項式関数を対応させる写像${\cdot}^\mathrm{func}:(\Z/3\Z)[x]\to (\Z/3\Z)[x]^{\mathrm{func}}$を考えたとき$p(x)^\mathrm{func}=0$ではあります。なお上の注意は環準同型${\cdot}^\mathrm{func}$が単射でないことの注意とも言い換えられます。

  • 少し古めかしい言い回しだと単射のことを「1:1(である)」と書くこともあるので,全単射を意味する「1:1対応」と混同しないよう注意してください.
  • 写像」と「関数」は論理的には同じものだ,という一派もあるのですが,個人的には関数は取りうる値が”数”(大体実数や複素数)である写像で,写像は関数の一般化,という認識でいる方をおすすめします.これはこの先例えば幾何学において層の考えなどを学ぶときっとわかると思います.
  • 集合$\{a,b,c\}$と集合$\{a,a,b,c\}$は等しいです。これは外延性公理というものの帰結になります。この2つを区別したい場合は多重集合の概念が必要になります(が滅多に出てきません)。
  • 集合族$\{A_{\lambda}\}_{\lambda\in\Lambda}$(最近は$\left(A_{\lambda}\right)_{\lambda\in\Lambda}$と書かれることも増えてきた)と集合系$\{A_{\lambda} \mid \lambda\in\Lambda\}$は別物です。詳しくはこちら:

集合族と集合系の違いとは? | Mathlog

  • 集合族$\{A_{\lambda}\}_{\lambda\in\Lambda}$の直和$\bigsqcup_{\lambda\in\Lambda} A_{\lambda}$について、元から各集合が交わっていなければ単に和集合(と同一視出来るの)でいいのですが、交わっている(かもしれない)ときの直和というのは$\bigsqcup_{\lambda\in\Lambda} A_{\lambda}:=\bigcup_{\lambda\in\Lambda} (A_{\lambda}\times\{\lambda\})$という定義をしっかり思い出す必要があります(つまり無理やり非交和にしている)。ここを少し気を付けてください(複素logのリーマン面を構成するときや帰納極限という概念を定義するときなどに必要になります)。
  • 一階述語論理では現代数学を扱うのには足りません。例えば実数の定義を述べる際集合自体を量化(つまり∀、∃をつける)する必要が出てきますが一階だと量化出来るのは$x,y$などの変数記号だけなのでそれを(素直に)実現するには二階述語論理が必要です。
  • 写像の像より逆像の方が和集合だけでなく共通部分も保つなど良い性質を持つ理由は圏論的な”説明”が出来ます。詳細が気になる方はこちらhttp://yuyamatsumoto.com/ed/adjoint.pdf。一言でいうと像を取る関手は右随伴しか持たないのに対し逆像を取る関手は左随伴も右随伴も持つことに由来します。

(現代)数学の全体像

これを把握しておくことはとても重要だと考えています。具体的にはその後の勉強のしやすさが圧倒的に変わります。

多様体という空間の一般概念があって〜」、「空間の形に関する情報を取り出すホモロジーコホモロジーっていう技術があって〜」、「特にコホモロジーは色んな種類があって整数論など色んな所に顔を出して〜」というような感じです。つまり現代数学の各分野の主要概念と分野間のネットワークの様相を抑えるということです。受験数学とは規模、複雑さが比較になりません。

ご存知の通り高校数学は理論としては単なる微積分学の基本定理にすぎず18世紀までの数学しか取り扱っていないわけですが,19世紀以降、特にガロアやリーマンらの登場以降数学の世界観というのは一変し、(二重)指数関数的に数学は発展しました。恐るべき変貌を遂げたと言ってもいいでしょう.

例えばこの辺りは足がかりになるでしょう:
www.youtube.com
math-fun.net

全て把握はできなくともとりあえず大まかに言って代数学解析学幾何学の三分野に分けられる,というくらいの認識を持っているといいと思います.

もう少し高級なものとしてはアラン・コンヌによる"A VIEW OF MATHEMATICS"があります.

個人的な注意
  • 線形代数学=行列の理論」という認識が世の中には溢れかえっていますがこれは完璧な誤りですので誤解していた人はすぐに訂正しましょう.正解は「線形代数学=ベクトル空間(=線形空間)の理論」です.行列とは(有限次元)ベクトル空間の間の線形写像を具体的に表現したものに過ぎません(表現行列).
  • 多様体多様体それ自身の理論をやるのももちろん大事だとは思いますが個人的には実際にそれが生かされている現場とともに学ぶと諸概念のモチベーションなどが見えやすくなっておすすめです.具体的には微分幾何学一般相対性理論です.どうしても多様体に馴染めない,仲良くなれないという人は志賀浩二『ベクトル解析30講』,砂田利一『曲面の幾何』の二冊が非常におすすめです.

追記:多様体へのスムーズな入門を目指して書きました
period-mathematics.hatenablog.com

  • 群,環,体は代数学の基礎分野として3つ同時に提示されることが多いですがこれら3つの分野の様相はかなり毛色が異なります. 筆者が考える理由としては、環は群としてはアーベル群なので群論が活躍する余地があまり無く、体においては環論のメイン概念であるイデアルは自明なものしか無くなるので環論が活躍する余地があまり無いからではないかと思っています。
  • 剰余群$\Z/3\Z$を最初どう読むか迷った人は結構いるのではないでしょうか。私は普段「ゼットわる3ゼット」、時々「ゼットオーバー3ゼット」と読んでいます。周りの数学者の先生方もそうっぽいです(発音に敏感な人はズィーと読んでいます)。略記は$\Z/3$というのを代数系の人はよくやります。幾何系の人がよく$\Z_3$と書いているのを見かけますがあれは3進整数環と記号が被るのでやめた方がいい(というかやめてほしい)と思います。
  • 環は乗法の単位元$1$を含むかどうかで2つ流儀がある(そして$1$を含む方を(強調して言いたいときは)単位的環という)、とよく説明されます。筆者のこれまでの体感では98%の状況で環といえば単位的環です(これは筆者の専門の影響もあります。作用素環論で重要な$C^{*}$環は単位的とは限らない環です)。そのような状況では環準同型$f$は$f(1)=1$を要請しますしイデアルは部分環ではありません。
  • 環$(R,+,\times)$に対してアーベル群$(R,+)$を口語で「環$(R,+,\times)$の加法群」とよく言います。
  • よく中高生がルベーグ積分という言葉を又聞きして「高校の数学では計算できなかったすごい積分が計算できるようになるんだろう!」と目を輝かせているような場面をしばしば見る気がしますが,ルベーグ積分を学んでもすごい積分が具体的に計算できるようになることはまずありません(高校数学で扱える積分(リーマン積分)はルベーグ積分で書いても何も変わらないから).それよりも本来積分には全然見えなかったような対象が積分によって表されてその深い背景を解き明かせたり(例えばテイト論文),(リーマン積分の拡張&可積分関数がとても増える事により)積分の操作が簡単になることがルベーグ積分の利点です.
  • 位相空間論は(分野によっては)やらなくてもしばらくは困りませんが学習が進むにつれてじわじわとボディーブローのように効いてきます.
  • advancedな分野として代数幾何学というものがありますが,あれは代数多様体論とスキーム論という二つに大きく分かれていると最初のうちは思っておいたほうが良さそうです。両者は生まれた毛色も(理解の)難易度もまるで違うからです.ただもちろん密接に関わっている、というより今日の数学界ではスキームは代数多様体の完全上位互換*3というような印象を受けます。

ブルバキスタイルについて

まず現代数学(のほとんど)は集合論に基礎をおいて展開するブルバキスタイル(Bourbaki style)というものに則って展開されていることを知る必要があります.ブルバキスタイルについては例えば以下なんかはどうでしょうか:
math-fun.net

つまり集合論を基礎において諸概念の定義を明確に規定し,全てを厳密に論証していくというスタイルです.フランクに言えば「(すべてを)集合・写像語で語る」という態度です。

あまりピンと来ない方は例えば実数の定義は何か答えてみてください.答えは「上限公理を満たす順序体の元」なわけですがこれ(と同値なもの)が浮かばなかった人はそもそも実数を扱う資格を得ていないという厳しいことをいうのがブルバキスタイルです(他にも例えば三角形の合同など色々な概念の定義を思い浮かべるチャレンジをしてみましょう).大学以降の数学は全てこの厳しさで数学が進んでいきます.

純粋数学以外の世界ではこのような態度はあまりにも異端です。例えば1秒の定義は「セシウム133原子の基底状態の二つの超微細構造準位の遷移に対応する放射の周期の91億9263万1770倍の継続時間」だそうですが、これを知らないと時間の概念は扱えないのかというとそんなことはないと言うのが一般的な回答でしょう。時間の概念は幼稚園か小学校で習うようなことでほぼ全ての人類がよく知っていることだからです。

または何か初めてのゲーム(プログラミングでも可)をやる際、ルールブックを完全に読み込んでから始める事は必ずしも強要しないのが普通の態度だと思います。「とりあえずやりながら覚えて行こう」というのはよくある態度です。ルールブックを一読してよくわからなくてもやってみるとわかるというのは皆さんご経験があるのではないでしょうか。

一方で(数学科の)大学数学における「普通の態度」というのは小学生に時間の概念を教えるのにセシウム133を持ち出したり、左右の概念を教えるのにコバルト60を持ち出したり、ゲームを始めるのにルールの完全理解を強要したりして「まずこれを把握しないことには話が始まらない」と言い放つようなものになります。つまり「普通」がかなり世間一般とズレているのです。ここをまず強く認識しそして受け入れることが現代の純粋数学を始める際の第一歩であると思います(筆者はこの「普通」を出来る限り緩和して世間一般に受け入れられやすい記述の表現にするための工夫を啓蒙する活動をしていきたいと強く思っています)。

また現代数学(のほとんど)は集合論を基礎に置いているといった訳ですけどもこれは要するにZFC公理系と呼ばれる約10個ほどの公理(+圏を扱う場合は非自明な*4グロタンディーク宇宙$\mathcal{U}$の存在についての公理)に基づいて論理展開が進んでいくということです.このことは(雑学程度でもいいので)しっかり認識しておかねばならないでしょう.空集合というものが存在するだとか和集合,直積集合、べき集合がいつでも取れるだとかそういう「ルール」が実はちゃんと明示的に規定されているということです。

(ほとんどの分野において)数学的対象を構成する際に許される操作はこれだけであり、またこれだけはいつでも許される、ということを強く認識しておくことが数学的対象を構成する必要に迫られた際に特に大事になります*5.これをしっかり把握していないと数学における「存在する」という主張が全く意味不明になるでしょう(実数体の存在、テンソル積の存在、コホモロジーの存在(公理的に導入した場合)、帰納極限や射影極限の存在(普遍性により導入した場合)など)。

例えばトポロジーにおいて連結和という手法があります。これは二つの位相多様体から円板を「くり抜いて」、出来た境界同士を「くっつける」操作だ、とよく説明されますが「」で書いた操作はZFCには載っていません。これはZFCに基づいた操作の比喩なのです(それぞれ差集合、とある同値関係による商を意味する)。つまりどんな書き方がされていようが結局許される操作はZFCに基づいたもののみなのです。

個人的な注意
  • バナッハ・タルスキの定理の解説を読んだり多くの数学徒がよく気にしているのを見て「選択公理は果たして採用していいのだろうか」と思う方がいるかもしれませんが数学基礎論の人以外で選択公理を認めていない人は存在していないと断言します。選択公理を仮定しなかったら線型代数すらまともに出来なくなります(次元が定まらなくなるから)。体論においても代数閉包というとてもとても大切で便利な対象が構成できなくなります。他にも環論、位相空間論、層論などなどに置いてもその影響はあまりに甚大です。よって数学基礎論以外の人は認めるべきです。選択公理は非自明で強力な仮定ですが自然な公理です。
  • 選択公理は実際の現場ではそれそのままの形よりもそれと(ZF上)同値な命題であるツォルンの補題の形の方をよく使います(私感)。
  • ZFC公理系はプロの数学者でも専門が数学基礎論でなければその全てを把握していることはほとんどありません。というのも数学基礎論以外ではZFCの中でも置換公理と正則性公理はほぼ全く使う機会がないからです(トポロジーではたまーに出てくるようです。例えば一点コンパクト化における無限遠点の存在を示すときなど(代数学の体の付値における無限についてもそう))。この2つは集合論それ自体を深く研究するときに活躍する公理のようです。
  • グロタンディーク宇宙の扱いについて素晴らしい解説動画があるので紹介します:【圏論】Grothendieck宇宙って結局なんなの? - YouTube

本を読んでわからないのは本のせいという可能性も普通にあること

それは広く読まれているような本、良書などと呼ばれている本でも普通にあります。単なる誤植ならまだいいのですが、完全に間違った主張や論証などは非常に困るものです。特に何らかのよく知られた定理を適用するときにそのままでは定理の仮定を満たしていないように見受けられるなどのパターンは個人的経験上多い気がしています。

もう一つは本によって定義が微妙に違うとかですかね。見かけが違うだけで実は同値、というパターンの方が多いんですがいずれにしても初学者にはつらいですよね。

以下はしばしば初学者を惑わす要素をまとめたものです。意図的に行われているものも多いです:

・記号の省略
例:大体の本に載っている偏微分の連鎖律の公式の書かれ方(例:$\dfrac{\partial }{\partial x}=\dfrac{\partial y_1}{\partial x}\dfrac{\partial }{\partial y_1}+\cdots +\dfrac{\partial y_n}{\partial x}\dfrac{\partial }{\partial y_n}$(とある工学部の知り合いの授業プリントにあった式))*6

・記号の濫用

例:台集合Xだけを書いて群/位相空間...etcと呼ぶ*7、同型の意味で=と書く(自然な同一視。例えば$\mathbb{C}=\mathbb{R}^2$など)、恒等写像を1と書く、零加群を0と書く、制限写像を同じ記号で書く(多様体の座標変換が代表例)、内部直和を(外部)直和と同一視する…etc。記号の濫用 - Wikipediaも参考にしてみてください。

・論証の省略(いわゆる行間)

例:重要な議論のに面倒だからと省略する/演習問題に回しまくる(教育的観点からの)悪書(特に定義に当てはまっているかどうかの確認は非常に省略されやすい。初学者がとても見たい所なのでこここそ書くべきところだろうと私は思う。重要な定理の証明などはどうせ他の本やネットに書いてある)

・定義の省略(!)

例:群や環の演算および単位元位相空間の位相、位相空間の部分集合の位相(断りがなければ相対位相、という暗黙のコンセンサスがある*8)、複素多様体の複素構造、「fは"自然な写像"*9とする」、「ここで〜は"標準的に"取る」、完全列における写像、「($f(z)=\sqrt{z}$のリーマン面を構成するとき)”$\mathbb{C}$のコピー”を二枚用意して実軸の0以上のところに”切込みを入れて”、両者を”貼り合わせる”」*10、そもそも著者が定義し忘れている…etc

・曖昧な定義、曖昧な記述、本によって定義が(見かけ上)違うもの
例:"全微分$df=\dfrac{\partial f}{\partial x}dx+\dfrac{\partial f}{\partial y}dy$"、(特に物理、工学書に多いが)関数の定義域が不明瞭、(例えば)何らかの$R$加群$M,N$に対して$M$と$N$は「同型である」と言ったときアーベル群としての同型に留まらず$R$加群としての同型まで課すか?*11、種数$g$*12、トーラス*13、$\int f(t) dt$、代数多様体(これの最も一般的かつ正確な定義は実は結構高度。古典的な定義((ヴェイユと)セールによる)と現代的な定義(多分グロタンディークによる)の二つがあるのが厄介なポイントである)、有理写像(これも同じ)

・不必要な仮定を置いている

例:複素微分可能の定義に定義域Uの連結性を仮定する*14、可積分で十分なのに連続性まで仮定する(例:複素線積分の定義の際)、微分可能で十分なのに$C^{\infty}$まで仮定する(例:微分にまつわる色んな公式)等

これらは結局「空気を読め」ということなので初学者は特に困惑すると思う(筆者はとてもとても困惑した)。それはもちろんその方が熟練者にとっては読みやすいからとかそのような記述で読めるようになった方がいいからなどの理由があるから行われる訳ですが、これもしばしば初学者を大きく苦しめる種となります。

そのようなときは別の本を色々と見たり人に聞いたりということを積極的にやりましょう。

不必要な仮定を置くことは勿論論理的には何ら問題ありません。しかし特に初学の読者に大きな不安を与えるものであり私はとても良くないと思っています。

追記:こちらも参考になりそうです。

ここまでは「わからない」を論理を追うにあたってのみを想定して書いてきましたが「論理はわかるがその概念のモチベーション/位置付け(重要性)/自然さがわからない/他の(関係ありそうな)概念との関係性がはっきりとわからない」というような「わからない」もあると思います。こちらにも答えてくれるのがいわゆる「名著」ですが現代数学数学書はとにかく名著が少ないです!これに関する筆者の所感もいずれ記事にしたいと思っています(一言で言うと数学の先生方はとにかく宣伝、PRするスキルがあまりに不足している人が多いという不満です。あまりに研究が楽しすぎて人に伝えるということが面倒なのでしょうか…)。

英語略称 ~楽に書こう~

この辺を参照してください:

iso.2022.jp
mathlandscape.com


Def(定義), Prop(命題), Lem(命題), pf(証明), Claim(これから示したいこと)などはよく使いますね.

(数学に限った話ではないですが、)基本的に略し方のパターンは

  • 子音だけを取る

例:cpt(コンパクト(compact)である)、nbhまたはnbd(近傍(neighborhood))、gpまたはgrp(群(group))、fld(体(field))、alg(代数的(algebraic))、Rmk(注意(remark))などなど

  • 最初の4文字(程度)を取る

例:char(指標(character))、Haus(ハウスドルフ(Hausdorff))、quad(二次の(quadratic))、conti(連続(continuous))、holo(正則(holomorphic))、prop(命題(proposition))、tor(トーション(torsion))、fin(有限な(finite))、hom(準同型(homomorphism))、op(開(open)である)などなど

  • 頭文字だけを取ってコンマで繋ぐ

例:f.g.(有限生成(finitely generated))、w.r.t.(〜について(with respect to))、i.e.(すなわち(id est (ラテン語)))、s.t.(〜を満たす(such that)) 、a.e.(ほとんどいたるところ(almost everywhere))、w.l.o.g.(一般性を失うことなく(without loss of generality))などなど

の3パターンかなと思います。

例えば二次体(quadratic field)だったら「quad. fld.」というように略記します。研究集会などでもこういう略記は多用されます。

検索は英語で

高校数学までは日本語でもわんさか情報があふれていますが大学数学、特に微積分、線形代数より上のものになると途端に引っかからなくなります。しかし英語で調べるとたくさん出て来ます。

特に、そのうち自然と知る人も多いと思いますが、数学に特化した知恵袋のようなサイトでMathematics stack exchangeという有名なところ(↓)があります。ここはプロの数学者までもが集っている凄いサイトなので是非活用してみてください(記法は原則TeX記法です)。回答やコメントに投票出来たり、数年前の質問にも回答出来たりとかなり良いシステムになっています。

math.stackexchange.com

個人的な注意
  • stack exchangeで質問する際の暗黙のマナーとして、ある程度用語の定義を書く、質問の動機や背景となる現象について書くなどがあります。要は「これ解いてください」と式だけ書くような(ナメた)使い方をすると回答されなかったりコメントでたしなめられたりdown voteがついたりします。背景等はたっぷり丁寧に書くようにしましょう。詳細はユーザーガイドラインに指定されているこちらのスレッドをどうぞ:How to ask a good question. - Mathematics Meta Stack Exchange
  • よく間違えやすい数学用語の発音についてここでまとめておきましょう:finite(有限)(ファイナイト)、infinite (無限)(インフィニット)、eigen value固有値)(アイゲンバリュー)、annihilator(零化イデアル)(アナイアレイター)、tori(トーラスの複数形)(トーライ)、symplectic (シンプレクティック)(シンプレクティック)

ラクトゥールはジュッターリーン体がおすすめ

数学の学習が進むとアルファベットやギリシャ文字以外に奇怪な(?)文字がどんどん出てきますがその中でも代表的なのはフラクトゥールです(例:イデアル$\mathfrak{a}$、素イデアル$\mathfrak{p}$、極大イデアル$\mathfrak{m}$、共役差積$\mathfrak{d}$、(何らかの)集合族$\mathfrak{F}$、リー環$\mathfrak{g}$*15、導手$\mathfrak{f}$、上半平面$\mathfrak{H}$、ベクトル場$\mathfrak{X}$).

これをそのままの形で手書きで書こうとするのは中々しんどいです.そこでフラクトゥールはその筆記体であるジュッターリーン体というもので書くことをおすすめします.この解決案は割と一般的だと思います。

参考サイトとして以下を上げておきます:
note.com

個人的な注意
  • 花文字を読むときは「やわらかい〜」と言うことも結構多い印象です。例えば$\mathscr{A}$なら「やわらかいA」です。またそのように読むとき通常のAを、区別を強調して「かたいA」と読んだりもします。)
  • こういう見慣れない記号があると無意識に「(なんだか難しそう)」と思ってしまう心理が働きがちですから、難しそうな本はまず全体を見通して記号だけでビビってしまうものが無いかを探してそれを練習してみることは意外と効果的かもしれません。内容以前に記号でビビって本を遠ざけてしまったらもったいないです。そういう意味で記号にビビらないよう意識するのは意外と重要かもしれません。

iPadは「絶対に」買おう

今や数学科に進むにあたって「iPadを持っていることはアドバンテージ」ではありません.「iPadを持っていないことはディスアドバンテージ」です.すぐに買いましょう.

理由としてはpdfを大量にかつ気軽に保存出来るからです.pdfの閲覧編集からそれを参照しながらノートを取るというのが一枚で収まってしまうのがとてもいいです.当然ノートも永遠に切れませんし切り貼りも簡単,枠線の種類も豊富で自由かつ直感的に使えます(筆者は1ページを縦に二分割した枠線のスタイルを愛用しています).また操作の取り消しと文字の切り貼りや拡大などが出来るのも電子の強みです.pdf出力も出来るノートアプリがほとんどでしょうしそれでレポートを簡単に提出できたりもします.電子書籍を公開している大学もありますがそういった環境ですと何から何まで全てiPad一枚に収まってしまうため非常に強力です.

ノートアプリは有料ですがgoodnote5がとてもおすすめです.これ以外を使っている人は今の所見たことがないですね.Google driveにノートのバックアップを自動で作れるようになっているのでデータが消える心配もほぼ無いと言って良いでしょう。

またオンラインでのセミナー発表などにも非常に有効です.コロナが蔓延して以降,オンラインの授業や研究集会などがかなり増えましたが発表者のプロの数学者の方々はスライドかもしくはほとんどiPad+goodnote5です.

紙の資料もAdobe scanなどのアプリを使って手軽かつ高品質にpdf化することができます.

追記:同じようにわざわざ一項目設けて強調されている記事があったので置いておきます。
seasawher.hatenablog.com

これは筆者はだいぶ年数が経ってから気づいたことですが本などに書き込んで本を充実させるのではなく,ノートもとい自分の中の数学の世界を充実させるのが何よりも重要です.従って必ずしも本の順番通りに読む必要は全く無いし知っている箇所や今読む必要はないなと思ったところはどんどん飛ばしても構わないでしょう.そこでノートというのは大切になってくるわけですが,筆者はノートとしてiPadを選んでからは物理的にも大事にするようになって常に持ち歩くようになりました.従って読み返す頻度も紙のノートを使っていた時代よりも遥かに増えました.

個人的な注意
  • 紙を使うのをやめよう!ということではありません。紙には全体を容易く見渡せるとか離れたページ同士を行ったり来たり出来るという大きな利点もあります。筆者は本腰を入れて読もうと決めたPDFは大体印刷しています。また研究ノートは紙が良いという人もいらっしゃったりします。その気持ちもわかる気がします。結局は併用するのが一番良さそうです。
  • PDF管理にGoogleドライブを使っている方向け:パソコンなどでPDFをGoogleドライブに移したいとき毎回Googleドライブをwebから検索して開くのは面倒です。そこでパソコン版Googleドライブを使う事をおすすめします。これを入れるとパソコンのフォルダの左の欄にドライブという欄が出来るのでGoogleドライブへのアクセスがローカルの範囲で済みとても楽です。

論文を探せるサイトを早いうちから知っておく

理論書はとにかく理論の標準的な内容を網羅することにばかり重きをおく傾向があり、研究のタネになるような話題やその分野を研究する際に必要な見方なり知識なりは「本文(地の文)には」ほとんど書いてくれません*16(筆者はこの現状は非常に良くないと感じています。もっと例題とその解答を本文に豊富に設けるべきです(演習問題ではなく))。なので、研究については実際に論文を見ること(や研究集会に行くこと)によってでしか学べません。筆者は学部生のときこれをやっていなかったのですが、今になって後悔しています。

さて、数学者の先生方が論文を探すときに使うサイトは主に2つあります。それがMathSciNet(読み:ますさいねっと)とarXiv(読み:あーかいぶ)です。前者は査読などもされ雑誌に載った論文のみを扱っていますが後者は取り敢えず書き終わったあと即座にアップロード出来るデータベースです。従ってarXivの方は基本的にプレプリント(査読、出版前の論文)が多いですしその分間違っていることもよくあります。またMathSciNetは昔の論文もしっかり扱っていますがarXivは1991年スタートなので昔の論文は載っていないことに注意してください。

MathSciNetは有料サービス*17なので個人契約または契約している機関(大学など)に所属していないと見れないです。大学に所属している場合は大学のネットワークに繋いだ上でアクセスしてください。

追記:より詳細な情報についてはこちらを参考にしてください:数学の論文の入手の仕方,探し方 | Mathlog

個人的な注意
  • MathSciNetの検索の仕方について書きます。まずMSCMathematical Subject Classification)というアメリカ数学会が出している数学の分野の分類コードがあることを知る必要があります。そのコードをMSC主(・副)とある所に入れるとその分野の論文を検索できます。また著者名で検索する場合は日本人なら「名字,名前」で検索しましょう。例えば加藤和也先生なら「Kato, kazuya」です。MathSciNetは誤字脱字にシビアなので気を付けてください。
  • 他のデータベースとしてzbMATHというものもあります。
  • 論文の逆引きという重要なテクニックについても知るべきでしょう。それはその論文を引用している論文を見るというもので、応用例や一般化などが知れて研究の種を探すのに良い作業になります。MathSciNetでは論文のタイトルの下にCitationsというところがあるのでそこをクリックすると一覧が出てきます。

先人の数々のアドバイス

代数学の学習法についての本というのはとても少ないですがその中でも個人的には伊原康隆『志学数学』を強くおすすめします(他には小平邦彦編『新・数学の学び方』などがあります).内容については河東泰之先生による書評を見てもらいましょう.小平先生の方の本はいろいろな数学者が寄稿しているので共鳴するものが見つかりやすいかもしれません.

他にもネット上で参照できるものを載せておきます:

period-mathematics.hatenablog.com
hi-masai.blogspot.com
www.math.nagoya-u.ac.jp
(元ネタはこちらです.より色々と書いてあり非常にタメになります.)
www.youtube.com

paper3510mm.github.io

テレンス・タオによる詳細なアドバイス
www.math.ucla.edu

受験数学と大学数学のギャップ(未完成)

(以下「高校数学(中高数学)」と「受験数学」という言葉を慎重に使い分けています。それは「高校数学と大学数学に違いなどない!」などの無為な批判を避けるためです。そのような論争はその二つの単語が人によって同じものだったり違うものだったりすることにより起こります)

これはまた新たに記事をいつか書くかもしれないですが,やはり受験数学と現代数学では向き合う態度,内容などとてつもない違いがあり,筆者も結局の所はその違いに長年苦しめられてきました.そもそも数学に「理論」というものがあるという事自体、受験数学しかやっていないと(即ち世の中のほぼすべての人は)知り得ない事です。それを大学の数学科に入って初めて知り、また触れることになるのですからノリの違うに苦しむのは(受験数学に浸かっていた人には)当然の反応と言えます(受験数学が嫌いで嫌いでしょうがなくて受験生時代から大学数学に触れていたような人は違うでしょうが*18)。

特に「大学受験数学が大好きだった」という人は少し身構えていたほうが良いかと思います.ひとまずここではそこに言及した動画を一つ紹介してお茶を濁すことにしておきます:

www.youtube.com

以下思い付いたものの臨時的なメモ
  • 大学で配られる演習問題や本に載っている問題たちについても,受験数学ではテクニックの習得メインのものが多かったと思いますが,大学ではそれより諸概念の定義の理解のために提示されるものが多く,ここも中高のときとはテンションが違って戸惑うかもしれません(筆者は戸惑いました).例えば高校数学で言えば数学オリンピックのような,ひねった問題というのはあまり出されません(解析学では多少あるのかもしれない).特に人工的な問題というのはほとんど見かけなくなります.
  • 受験数学は「とりあえず使ってみて,計算してみて,手を動かしてみて慣れる」という有名な手法がありますが抽象度が上がれば上がるほどそれは通用しなくなります.具体的には学部一,二年までしかほとんど通用しません(とはいえ,テンソル積やコホモロジーのように例外も少し少しあるようです.この辺についての認識をしっかりさせたいなぁと思っています.)。高等な代数学で計算をしようとするならほぼ確実にアルゴリズム的手法に頼ることになり、それを考えるのもそれを実行するのもそれだけで一分野になるほど(例えば計算機数論、計算可換環論)骨の折れる代物になるのです。一般に手計算ではとても大変なものとしてガロア群、素イデアル分解、代数体上での多項式因数分解イデアルの生成元の決定、イデアルが単項かどうかの判定、イデアル類群、射類体(の定義方程式)などが挙げられます。
  • そういう訳で、小学生中学生高校生とずっとやってきたであろう「問題集」といったものがほとんど存在していないのも特徴です。そして問題があっても答えが載っていないもしくは略解というのも筆者は最初かなり戸惑いました。大学で配られる問題プリントなどについてもおおよそ同じですね。
  • 受験数学では「定義通りやったら負け/バカを見る」のような風潮があり、定義や定石通りでない解法をしばしば「エレガント」、「鮮やか」、「天才的発想」などと崇め奉られることはよく知られていると思います。つまり(中高数学教師含めて)大部分の人が定義を軽視している傾向があります(センター試験微分の定義式が出たり東大入試で三角関数の定義を聞かれたり円周率の定義がわかっているかなどをわざわざ問われたりしていることなどはこの現状を裏付けるものでしょう)。

しかし大学以降の数学は「定義こそ命」であり定義こそ数学者たちの努力の結晶です。良い概念を定義出来たら自然と(解かれるべき)問題は解ける、というスタンスがあることをまず知る必要があります(その好例がヴェイユ予想です。これはグロタンディークがエタールコホモロジーという当時では全く新しいコホモロジー(ある種のベクトル空間)を定義、構成したことにより”自然と”解決されました。その後エタールコホモロジー整数論における強力な道具として広く使われるようになりました)。

ここで二十世紀最高の数学者グロタンディークの有名な言葉を挙げておきましょう(言い回しは多少違うかもしれない);

「木の実をハンマーで割るのではなく、水に浸して十分柔らかくなるまで待てばよいのだ」

ぼんやりと「よくわからないなぁ」という気分になったときはまず「理解していない定義がないかを入念にチェックする」ということをやってみてください。

  • 受験数学は「(大学入試までの内容を)扱う内容,問題パターンなどほとんど全てを予め知っておく」というプレイができますが,現代数学では到底それはできません.やろうとしようものなら人生が破滅します.これも中高受験数学と大学数学の違いです(筆者は中高時分,そういうプレイをしていましたのでここには初めそこそこ戸惑いました).つまり,高校数学であまり頭を使ってこなかったような人,数学に対する謙虚さを忘れているような人が一番大学数学で苦しむことになります.ここはよく覚えておきましょう.
  • 受験数学までは「〜なものを全て求めよ」、「〜が成り立つのはどういうときか?」などの形式の問題を死ぬほど解かされる。しかし大学数学を始めて新たな概念に出会ったときそのような問題を考えようものなら殆どの場合全く手も足も出ない。

例えば環論でUFDという概念を習ったら「UFDかどうか(簡単に)判定出来る定理は無いか?」というように(これは一般に難問である*19)。解析学では何かを判定する定理というのは結構ある(ワイエルシュトラスの優級数定理など)が、代数学では少ない(後者の例:アイゼンシュタインの既約判定法、シルベスターの判定法、可解群に関するファイト・トンプソンの定理(ただし恐ろしく深い大定理)、随伴関手定理、整閉整域に関するGrauert-Remmertの定理、代数幾何学の付値判定法の定理、など)。

これは受験数学に慣れていればいるほどモヤモヤすることかもしれない(筆者は学部一年時非常にフラストレーションを覚えた)。

学部で習うような概念でもすぐそばに難問がゴロゴロしているのが大学数学、というより数学の怖さである。むしろほとんどなんでもかんでも完璧に調べ尽くせる高校数学の方がむしろ異常なのだ。

現代代数学で”完全に解る”のは線型代数だけである(吉田輝義先生談)。

  • 後で存在定理が示されるものの、定義が非明示的、非構成的(性質によって特徴付けられるようなもの)なオブジェクトや性質:

極大〜系(極大イデアル、極大な連結部分集合(=連結成分)、極大コンパクト部分群)、テンソル積、イデアル、ハール測度、代数閉包、有限群の組成列、ベクトル空間の基底、コンパクト

ガロア群、代数体の整数環、群の表現などはこの例に入らない)

他にも滑らかな多様体の間の滑らかな写像の定義として「滑らかな関数を引き戻したものがまた滑らかな関数となるようなもの」というような定義は非明示的だと思います.しかしこの定義は数学的には筋が良いです.人間が親しみやすいことと数学的に自然なことが一致しないいい例だと思います.

中高数学で出てくる概念はほとんど全て構成的ないし具体的(実数など)なのでこういうのには中々慣れないかもしれない)。

数学が好きだという気持ちを燃やし続けることが最重要

多分,これが何よりも一番大事です.何事においても言えると思いますが続けることが何よりも辛く,苦しく,そして尊いことです.

*1:数学基礎論(=数理論理学)とその周辺(一部のトポロジーなど)以外の数学

*2:答え:$\frac{-b\pm \sqrt{b^2-4ac}}{2a}$ ($a\neq 0$のとき), $-\frac{c}{b}$ ($a=0, b\neq 0$のとき), 解なし ($a=b=0, c\neq 0$のとき), 全ての複素数 ($a=b=c=0$のとき)。「二次方程式」と言っていない事に注意しましょう。

*3:体K上有限型、分離的、幾何学的に被約なスキームを代数多様体の一般化とみなすのが通常のようです。

*4:自然数全体を含むような、という意味です。

*5:筆者は特異ホモロジーの構成や誘導表現の構成といったところで選択公理以外の公理についてもその非自明さを痛感した記憶があります.

*6:省略の一切ない本当に正しい連鎖律の式はこれです:$f=(f_1,\ldots ,f_n):\R^m\to \R^n$、$g:\R^n\to\R$、$P \in \mathbb{R}^{m}$、$Q=f(P) \in \R^n$、$\mathbb{R}^{m}$の(局所)座標を$x_1,\ldots , x_{m}$、$\R^n$の(局所)座標を$y_1,\ldots ,y_n$とする。$f$が$P$において全ての変数に関して偏微分可能、$g$が$Q$において微分可能なとき合成函数$g\circ f:\R^m\to\R$は点$P \in \R^{m}$において全ての変数に関して偏微分可能であり、$x=x_i$に関する偏微分係数は$\dfrac{\partial (g\circ f)}{\partial x}(P)=\dfrac{\partial g}{\partial y_1}(Q)\dfrac{\partial f_1}{\partial x}(P)+\cdots +\dfrac{\partial g}{\partial y_n}(Q)\dfrac{\partial f_n}{\partial x}(P)$.

*7:これらは台集合と何らかの構造を指し示す集合の順序対であるのだと集合論的にしっかり把握していないと例えば忘却関手の定義が全く意味の分からないものになります。

*8:「断り」がある場合も時々ある。有名なのはアデール環という位相環の単数群であるイデール群の位相はアデール環の位相からの相対位相とは異なる(位相を入れる)というものであろう。あとは順序位相について部分順序位相は一般に相対位相ではないというのもある。

*9:これは筆者の経験上「構成が単純な(工夫なく思いつく)写像」という日常用語的な意味か圏論の意味での自然変換を与えるという意味の2パターンあると感じている。特に前者は曖昧だがではこれの反例はというと多分古典群の間の偶然の同型(accidental isomorphism)がその一例なのではと思う。

*10:筆者はこの説明でちゃんと構成を説明できてると思っている人間を強く軽蔑しており、また憤りを感じている(まさかリーマン面の定義も知らずにリーマン面を人に語っている訳ではあるまいな?)。また”$\mathbb{C}$のコピー”は全く同じ$\mathbb{C}$を用意するのではない(全く同じだったら区別できない)。各整数mごとに$\mathbb{C}\times \{m\}$という開被覆を用意するのである。

*11:明示的に教わった記憶はないがこういうのは断りが無ければ考え得る一番小さい圏での同型を意味する。つまり今の場合は$R$加群としての同型。

*12:主に位相的種数、幾何学的種数、算術的種数の3つがあり、どれを指しているか空気を読まないといけない(「穴の数」は位相的種数)。厄介なことにこれらが全て一致する場合もあるしそうでない場合もある。

*13:位相的トーラス$S^1\times S^1$(可微分多様体)、複素トーラス$\mathbb{C}/\Lambda$(複素リー群)、代数トーラス$\mathbb{G}_m$(代数群)、指標理論の文脈でのトーラス$\mathbb{R}/\mathbb{Z}$(位相群)など色々ある

*14:追記:複素解析における連結性の必要性の有無について調査した記事を書きました:https://mathlog.info/articles/3616

*15:特定のリー群$GL_n, SL_n, SU_n, ...$に対応するリー環はそれらを全てフラクトゥールに書き換えた$\mathfrak{gl}_n$, $\mathfrak{sl}_n$, $\mathfrak{su}_n$, ...で表します。

*16:その分野の研究集会に行けばほとんど本(の本文)に書いてないことばかり扱われていることがよくわかるでしょう。それが何よりもの証拠です。

*17:小規模な大学では払えないほど高いらしいです。

*18:ほとんどの人には信じられないでしょうがこういう人というのは実在します

*19:「PID⇒UFDがあるじゃないか!」というのは勿論だがPIDは仮定として強すぎるという問題がある。環が一意分解整域であることの、必要十分条件ってどういうものがあ... - Yahoo!知恵袋は少し参考になるかもしれない。

数学者たちの言葉 ~「数学の歩みbot」から~

はじめに

高名な数学者たちの言葉をつぶやくTwitter上のbot「数学の歩みbot(@Auf_Jugendtraum)」の中から個人的に心に留めておきたいものを集めてみました.たまに「素数の歌はとんからりbot(@On_Absolute)」からも引用しています.個人的な覚書のような目的で書いていますが,本記事がみなさまが数学をやる上での糧ともなれば幸いです.

全体を通してみてみると伊原康隆先生*1の言葉が多いように思います.その内容は伊原先生の有名な指南書である『志学数学』*2にある内容とかぶっているものも見受けられます.

志学数学』では「学習と研究の両輪を回していくことが大事」ということが強調されていましたのでここでの分類もそれに沿ってやってみました(分類に対する異論はあるかもしれません).

数学の学習について



数学の研究について



どちらにも当てはまり得る話



殿堂入り

額縁に入れて飾っておきたいレベルです.

その他(個人的趣味)

*1:数論幾何における世界的大数学者.

*2:読んだことがない人は是非一読をおすすめします.

可解な5次方程式のべき根による構成的解法

はてなブログでMathjaxを使うとギリシャ文字を含む文章が読み込まれなかったりするという不具合があるそうです。何回かリロードあるいはPC版サイト表示などを試すと読み込まれると思います)

本稿はDummitによる1991年の論文"Solving solvable quintics"で与えられている可解な五次方程式を代数的に解く方法について解説する(ここでは$\mathbb{Q}$係数として議論を展開する。一般の体係数であってもほぼ同じであるはずである)なお本稿では標準的なガロア理論の知識を完全に仮定する。その和訳であるhttp://repository.hyogo-u.ac.jp/dspace/bitstream/10132/1612/1/ZD30301003.pdfも参考にした*1。本稿はただこれの行間をただ埋めたものであるが、恐らく需要はそれなりにあるだろうと思う。筆者自身が後から簡単に見返せるように、という目的も含んでいる。余裕のある時に、一般的の次数に対しても出来る議論は一般化したいと思っているので、既に気付いた読者はご一報いただけるとありがたい。

また過去の記事の内容をいくつか引用する。例えばにおいて$S_5$の三つの部分群を定義した。

$F_{20}=\langle\sigma , \tau\rangle, F_{10}=\langle\sigma , \tau ^2\rangle,F _5=\langle\sigma\rangle$

$(\sigma =(1 2 3 4 5),\tau =(2 3 5 4))$

これらの性質や記号は積極的に使っていく。以下$\mathbb{Q}_f,\Delta_f$でそれぞれ$f$の最小分解体、判別式の正の平方根を表す。

可解性の判定

以下$ x_{1}, x_{2}, x_{3}, x_{4}, x_{5}$を解に持つ$\mathbb{Q}$係数五次多項式
$f(x)=x^{5}-s_{1} x^{4}+s_{2} x^{3}-s_{3} x^{2}+s_{4} x-s_{5}$
を考える。これの根を代数的に求めることを考えていく。

ここで以下のような$\mathbb{Q}_f$の元を考える

[定義]
$ \theta:= x_{1}^{2} x_{2} x_{5}+x_{1}^{2} x_{3} x_{4}+x_{2}^{2} x_{1} x_{3}+x_{2}^{2} x_{4} x_{5}+x_{3}^{2} x_{1} x_{5}+x_{3}^{2} x_{2} x_{4}+x_{4}^{2} x_{1} x_{2}+x_{4}^{2} x_{3} x_{5}+x_{5}^{2} x_{1} x_{4}+x_{5}^{2} x_{2} x_{3}$

これは本稿の議論におけるキーとなる量の一つである(ではresolvent invariantと呼ばれている。)。それは以下の命題による。

[命題]
$S_5$の$\mathbb{Q}_f$への作用を考えたとき、$ \theta$の固定部分群はちょうど$F_{20}$である
証明
そのためには$ 20=|F_{20}|=|H|\iff (S_5$による$ \theta$ の軌道の濃度)$ =(S_5:H)=6$を示せばよい。$ H$を$ \theta$の固定部分群とするとまず$ F_{20}$$<$$H$は自明。

$ F_{20}$では不変であったのだから$ S_5/F_{20}$の元の軌道を考えれば$ S_5$の元は全て作用させたことになる。ここで集合として$ S_5/F_{20}=S_3$となるよう代表元を選べることが確かめられる*2ので、$ S_3$の元を作用させればよく、それらがすべて異なっていればそれは即ち$ S_5$による$ \theta $の軌道の濃度が6であることを意味しているので$ H=F_{20}$が言える。実際以下を見ればこれらが確かに全て相異なる元であることがわかる


$ \theta_{1}= \theta= x_{1}^{2} x_{2} x_{5}+x_{1}^{2} x_{3} x_{4}+x_{2}^{2} x_{1} x_{3}+x_{2}^{2} x_{4} x_{5}+x_{3}^{2} x_{1} x_{5}+x_{3}^{2} x_{2} x_{4}+x_{4}^{2} x_{1} x_{2}+x_{4}^{2} x_{3} x_{5}+x_{5}^{2} x_{1} x_{4}+x_{5}^{2} x_{2} x_{3}$

$ \theta_{2}=(123) \theta_{1}=x_{1}^{2} x_{2} x_{5}+x_{1}^{2} x_{3} x_{4}+x_{2}^{2} x_{1} x_{4}+x_{3}^{2} x_{3} x_{5}+x_{3}^{2} x_{1} x_{2}+x_{3}^{2} x_{4} x_{5}+x_{4}^{2} x_{1} x_{5}+x_{4}^{2} x_{2} x_{3}+x_{5}^{2} x_{1} x_{3}+x_{5}^{2} x_{2} x_{4} $

$ \theta_{3}=( 132 ) \theta_{1}=x_{1}^{2} x_{2} x_{3}+x_{1}^{2} x_{4} x_{5}+x_{2}^{2} x_{1} x_{4}+x_{2}^{2} x_{3} x_{5}+x_{3}^{2} x_{1} x_{5}+x_{3}^{2} x_{2} x_{4}+x_{4}^{2} x_{1} x_{3} +x_{4}^{2} x_{2} x_{5}+x_{5}^{2} x_{1} x_{2}+x_{5}^{2} x_{3} x_{4} $

$ \theta_{4}=(12) \theta_{1}=x_{1}^{2} x_{2} x_{3}+x_{1}^{2} x_{4} x_{5}+x_{2}^{2} x_{1} x_{5}+x_{2}^{2} x_{3} x_{4}+x_{3}^{2} x_{1} x_{4}+x_{3}^{2} x_{2} x_{5}+x_{4}^{2} x_{1} x_{2}+x_{4}^{2} x_{3} x_{5}+x_{5}^{2} x_{1} x_{3}+x_{5}^{2} x_{2} x_{4} $

$ \theta_{5}=( 23 ) \theta_{1}=x_{1}^{2} x_{2} x_{4}+x_{1}^{2} x_{3} x_{5}+x_{2}^{2} x_{1} x_{5}+x_{2}^{2} x_{3} x_{4}+x_{3}^{2} x_{1} x_{2}+x_{3}^{2} x_{4} x_{5}+x_{4}^{2} x_{1} x_{3} +x_{4}^{2} x_{2} x_{5}+x_{5}^{2} x_{1} x_{4}+x_{5}^{2} x_{2} x_{3} $

$ \theta_{6}=(13) \theta_{1}=x_{1}^{2} x_{2} x_{4}+x_{1}^{2} x_{3} x_{5}+x_{2}^{2} x_{1} x_{3}+x_{2}^{2} x_{4} x_{5}+x_{3}^{2} x_{1} x_{4}+x_{3}^{2} x_{2} x_{5}+x_{4}^{2} x_{1} x_{5} +x_{4}^{2} x_{2} x_{3}+x_{5}^{2} x_{1} x_{2}+x_{5}^{2} x_{3} x_{4} $

。よって$ \theta$の固定部分群がちょうど$F_{20}$であること、すなわち$\mathbb{Q}_f^{F_{20}}=\mathbb{Q}(\theta)$が分かった($F_{20}$の固定体が判明)。
証明終了

さてここで可解性判定の主役となる6次分解式を導入する。

[定義]
$ f_{20}(x):= (x-\theta_{1} ) \cdots (x-\theta_{6} )$という6次多項式を$f$の6次分解式と呼ぶ。

これは直前の議論より$ \mathbb{Q}$係数である。$ f_{20}(x)$を実際に書き下すと以下のようになる。

特に以下が成り立つ(コピペ用の書式にしている)。

$ x^{5}+a x+b$の6次分解式は

x^6+8*a*x^5+40*a^2*x^4+160*a^3*x^3+400*a^4*x^2+(512*a^5-3125*b^4)*x+(256*a^6-9375*a*b^4)

一つ補題を示す。これも一般のn次で成立。


[補題1]
$ \mathbb{Q}(\theta_1,\cdots ,\theta_6)=\mathbb{Q}_f$

証明
これは実はとても一般的な状況である、$ x_{1}, x_{2}, x_{3}, x_{4}, x_{5}$を変数とみなした状況でも成立する。以下それを示す(それが出来れば後は$ x_{1}, x_{2}, x_{3}, x_{4}, x_{5}$に根を代入するだけである)。

ガロア拡大$ \mathbb{Q}_f/\mathbb{Q}$のガロア群は
補題より$ S_5$(と同型)である。よって$ {\rm Gal}(\mathbb{Q}_f/\mathbb{Q})$は$ \{ \theta_{1}, \theta_{2}, \theta_{3}, \theta_{4}, \theta_{5}, \theta_{6} \} $ に可移に作用するので$ f_{20}$は$\mathbb{Q}$上既約である(?)。

$ \mathbb{Q}(\theta_1,\cdots ,\theta_6)$の固定部分群を$ N$とする。$ \mathbb{Q}(\theta_1,\cdots ,\theta_6)/\mathbb{Q}$はある多項式の最小分解体ゆえガロア拡大であるから$ N$は$ S_5$の正規部分群である。よって$ N=1,A_5,S_5$である。ここで$ [ K ( \theta_{1} ) : K] =6$より$ N=1$がわかる。以上より$\mathbb{Q}(\theta_1,\cdots ,\theta_6)=\mathbb{Q}_f^N=\mathbb{Q}_f^1=\mathbb{Q}_f$。
証明終了



6次分解式は次の定理の系により、可解性の判定に非常に役に立つものである。

[定理]
既約5次多項式fに対して
$ G_f$が$F_{20}$のある共役に含まれる$ \iff f$の6次分解式$ f_{20}$が有理数解を持つ

によると一般の次数でもこれに相当するものが考えられるようだ。もし余裕があればそこにある論文も解読したい。)




[定理]の証明
$ F_{20}$のある共役に含まれるから、ある$ \theta_i$を固定する*3

逆に$ f_{20}$が有理数解を持つとする。その有理解を$ \theta_1$としても一般性を失わない。

簡単に、$ G$と共役な$ G'$があって$ G'$$ <$$ F_{20}$がわかる。

証明終了

$ f$は既約であるからそのガロア群$ G$はコーシーの定理より位数5の元$ \rho $を含み*4、これは長さ5のサイクルである*5。ここで$ f$の既約性より$ {\rm Gal}(\mathbb{Q}_f/\mathbb{Q})$の$ \{x_{1}, x_{2}, x_{3}, x_{4}, x_{5}\}$への作用は推移的、したがって$ \{\theta_{2}, \theta_{3}, \theta_{4}, \theta_{5},\theta_6\}$への作用も推移的である。ここで上の補題1より
$ {\rm Gal}(\mathbb{Q}_f/\mathbb{Q})$
$ ={\rm Gal}(\mathbb{Q}(\theta_1,\cdots ,\theta_6)/\mathbb{Q})$
$ ={\rm Gal}(\mathbb{Q}(\theta_2,\cdots ,\theta_6)/\mathbb{Q})$
であることを合わせれば$ f_{20}(x)/(x-\theta_1)$は既約である。したがって$ f_{20}$は$\mathbb{Q}$上1次式と既約5次式に分解される。

ここで$ G$は$ f$の既約性より可移であるため位数は5の倍数であることを鑑みると、位数の候補は5,10,15,20である。するとそのリンク先の主定理の証明より$ G'$は$F_5,F_{10},F_{20}$のいずれかに共役であり、

[系]
既約5次多項式fに対して
$ f$が可解$ \iff f$の6次分解式$ f_{20}$が有理数解を持つ

余談だがこのとき有理数解は唯一つしか持たない。
(理由:$ i=1$であるとしても一般性を失わない。このとき$ G$が$ F_{20}, F_{10},F _5$のいずれかに等しいので$\sigma =(1 2 3 4 5)$を含む。

$ \sigma$ は$ \{\theta_{2}, \theta_{3}, \theta_{4}, \theta_{5}, \theta_{6}\}$に推移的に作用するので、これらのうちどれか二つでも等しかったら全て等しくなり、そのとき$\mathbb{Q}(\theta_1,\cdots ,\theta_6)/\mathbb{Q}$の拡大次数は6となる。ここで上の補題1と合わせると$ {\rm Gal}(\mathbb{Q}_f/\mathbb{Q})=F_{s}(s=5,10,20)$の位数が6であることになり矛盾する。従って$ \theta_{2}, \theta_{3}, \theta_{4}, \theta_{5}, \theta_{6}$は互いに相異なり、有理数ではない)

可解な五次方程式の代数的解法

以下$ x_{1}, x_{2}, x_{3}, x_{4}, x_{5}$を根に持つ$\mathbb{Q}$係数五次多項式
$f(x)=x^{5}+s_{2} x^{3}-s_{3} x^{2}+s_{4} x-s_{5}$
を考える。平行移動の変数変換により$x^4$の項を消去した。

【警告】ここで気を付けてほしいのが以下の議論は全て$ x_{1}, x_{2}, x_{3}, x_{4}, x_{5}$を変数としてみて行っているということである(この状況を普遍拡大といったりする。の状況である)。よって、上で扱った6次分解式の根$\theta$も有理数とは扱わない。実際に個々の結果を応用するときに初めてそれを有理数とみる(具体例を考えるときになって初めて$ x_{1}, x_{2}, x_{3}, x_{4}, x_{5}$に根を代入する、という考え方である)。

(PDFではここで1の5乗根$\zeta$を添加したときのガロア群について考察しているがこの段階では必要ないと思われる。しばらくは下に出てくる$ l_{0}, \cdots, l_{4}$を考察するためである(これは定義から$\zeta$からは分離された対象であるからである)。)

ゾルベントの導入

まず$ (x_{1}, z )=x_{1}+x_{2} z+x_{3} z^{2}+x_{4} z^{3}+x_{5} z^{4}$とし、リゾルベント(参考:

$ r_{0}= (x_{1}, 1 ) =x_{1}+x_{2}+x_{3}+x_{4}+x_{5}=0 $
$ r_{1}= (x_{1}, \zeta ) =x_{1}+x_{2} \zeta+x_{3} \zeta^{2}+x_{4} \zeta^{3}+x_{5} \zeta^{4} $
$r_{2}= (x_{1}, \zeta^{2} ) =x_{1}+x_{2} \zeta^{2}+x_{3} \zeta^{4}+x_{4} \zeta+x_{5} \zeta^{3}$
$r_{3} = (x_{1}, \zeta^{3} )=x_{1}+x_{2} \zeta^{3}+x_{3} \zeta+x_{4} \zeta^{4}+x_{5} \zeta^{2} $
$ r_{4} = (x_{1}, \zeta^{4} )=x_{1}+x_{2} \zeta^{4}+x_{3} \zeta^{3}+x_{4} \zeta^{2}+x_{5} \zeta $
を考える。

そこの参考のリンク先同様、これらが求まれば解が求まるのであった*6。よって以下これら4つのリゾルベントを求めることに専念すればよい。


これらの両辺を5乗したものを以下のように置く。
$R_{1}=r_{1}^{5}= (x_{1}, \zeta )^{5}=l_{0}+l_{1} \zeta+l_{2} \zeta^{2}+l_{3} \zeta^{3}+l_{4} \zeta^{4}$
$ R_{2}=r_{2}^{5}=l_{0}+l_{3} \zeta+l_{1} \zeta^{2}+l_{4} \zeta^{3}+l_{2} \zeta^{4}$
$ R_{3}=r_{3}^{5}=l_{0}+l_{2} \zeta+l_{4} \zeta^{2}+l_{1} \zeta^{3}+l_{3} \zeta^{4} $
$ R_{4}=r_{4}^{5}=l_{0}+l_{4} \zeta+l_{3} \zeta^{2}+l_{2} \zeta^{3}+l_{1} \zeta^{4}$

ここで$,l_1,l_{2},l_{3},l_{4}$が求められれば、所望の根全体は得られることがわかるので以下これらを求めることを目標とする。各$ l_{0}, \cdots, l_{4}$を明示した式はPDFに載っているので必要があれば参照されたい(想像に難くないようにかなり複雑な式である)。

ここで$l_{0}+l_{1}+l_{2}+l_{3}+l_{4}= (x_{1}, 1 )^5= (x_{1}+x_{2}+x_{3}+x_{4}+x_{5} )^{5}=0$であることに注意する。


今のところ拡大の状況は以下のようになっている。
$\mathbb{Q}_f:=\mathbb{Q}(x_{1}, x_{2}, x_{3}, x_{4}, x_{5})\supset \mathbb{Q}_f^{F_{5}}\supset \mathbb{Q}_f^{F_{10}}\supset \mathbb{Q}_f^{F_{20}}=\mathbb{Q}(\theta)\supset \mathbb{Q}$
以下これを解明していく(緑で書かれたところの事実により判明する)。


補助多項式$g$の導入

さて、ここである多項式を導入する。

[定義]

$\mathbb{Q}(\theta)$係数多項式$g(x):= (x-l_{1} ) (x-l_{2} ) (x-l_{3} ) (x-l_{4} )$を$f$の補助多項式と呼ぶ。また$g(x)$の最小分解体を$E:=\mathbb{Q}(\theta,l_1,l_{2},l_{3},l_{4})$とおく。

$g(x)$のガロア群${\rm Gal}(E/\mathbb{Q}(\theta))$の元$\tau$は根を$l_1\to l_2\to l_4\to l_3\to l_1$というように置換するのでガロア群の根全体への作用は推移的。従って$g(x)$は$\mathbb{Q}(\theta)$上既約である。


ここで実は次が成り立つ

[補題2]
$E=\mathbb{Q}(\theta,l_1)$
証明
まず$g(x)$の既約性より
$[\mathbb{Q}(\theta,l_{1}) :\mathbb{Q}(\theta)]=4$
である。

また$l_{1}$は$\sigma$で不変なので
$\mathbb{Q}(\theta,l_{1}) \subset \mathbb{Q}_f^{F_5}$
である。
$[\mathbb{Q}_f^{F_5} : \mathbb{Q}(\theta)]$
$=[\mathbb{Q}_f : \mathbb{Q}(\theta)]/[\mathbb{Q}_f :\mathbb{Q}_f^{F_5}]$
$=[\mathbb{Q}_f :\mathbb{Q}_f^{F_{20}}]/[\mathbb{Q}_f :\mathbb{Q}_f^{F_5}]$ (最初の節の冒頭で示した$\theta$の固定部分群がちょうど$F_{20}$であるという事実から)
$=(F_{20}:1)/(F_{5}:1)$ (ガロア対応)
$=20/5$
$=4$
である。これら3つを合わせると、線形代数の定理より$\mathbb{Q}_f^{F_{5}}=\mathbb{Q}(\theta,l_1)$が分かる($F_{5}$の固定体が判明)。

ここで$l_{2}, l_{3}, l_{4} \in \mathbb{Q}(\theta,l_{1})^{F_5}=\mathbb{Q}(\theta,l_{1})$であるから
$\mathbb{Q}(\theta,l_{1})=\mathbb{Q}(\theta,l_{1}, l_{2}, l_{3}, l_{4})=E$
を得る。よって示された。
証明終了


補助多項式の分解

$l_{1}+l_{4}, l_{1} l_{4}, l_{2}+l_{3}, l_{2} l_{3}$は$\tau^{2}$で不変なので$E^{\langle\tau^{2}\rangle}=(\mathbb{Q}_f^{\langle\sigma^{2}\rangle})^{\langle\tau^{2}\rangle}= \mathbb{Q}_f^{\langle\sigma, \tau^{2}\rangle}=\mathbb{Q}_f^{F_{10}}$の元である。

また$[E^{\langle\tau^{2}\rangle} : \mathbb{Q}(\theta)]=[\mathbb{Q}_f^{F_{10}} : \mathbb{Q}_f^{F_{20}} ]=(F_{20}:1)/(F_{10}:1)=2$であるから線形代数の定理より$\mathbb{Q}_f^{\langle\sigma, \tau^{2}\rangle}=\mathbb{Q}(\theta,\Delta_{f})$が分かる($F_{10}$の固定体が判明)。

従って結局$l_{1}+l_{4}, l_{1} l_{4}, l_{2}+l_{3}, l_{2} l_{3}\in\mathbb{Q}(\theta,\Delta_f)$がわかり、$ T_{1},T_{2},T_3,T_4\in \mathbb{Q}(\theta)$を用いて
$ l_{1}+l_{4} =-T_{1}-T_{2}\Delta_f,l_{1} l_{4} =T_{3}+T_{4} \Delta_f $
とおける。これらの両辺に$\tau$を作用させると
$l_{2}+l_{3} =-T_{1}+T_{2} \Delta_f , l_{2} l_{3} =T_{3}-T_{4} \Delta_f $
を得る。

以上より補助多項式$g$の分解


$g= (x^{2}+ (T_{1}+T_{2} \Delta_f ) x+ (T_{3}+T_{4} \Delta_f ))(x^{2}+ (T_{1}-T_{2}\Delta_f) x+ (T_{3}-T_{4} \Delta_f)) $

が得られ、これより$ T_{1},T_{2},T_3,T_4$を求められれば2次方程式を解くことで$,l_1,l_{2},l_{3},l_{4}$が得られることが分かった。


その前に一応、ここまでに得られたガロア対応を図にしておくと以下のようになる。

補助多項式の因子の計算(最後のステップ)

以下$ T_{1},T_{2},T_3,T_4$を求めていこう。

$\mathbb{Q}(\theta)/\mathbb{Q}$は6次拡大であるので$\mathbb{Q}(\theta)$の元$P$は$\mathbb{Q}$一次結合、$ P=\alpha_{0}+\alpha_{1} \theta+\alpha_{2} \theta^{2}+\alpha_{3} \theta^{3}+\alpha_{4} \theta^{4}+\alpha_{5} \theta^{5}$の形で表せる。ここで$P=T_i (i=1,\cdots,4),\theta_1:=\theta$とおき$S_5/F_{20}$の代表元を作用させると以下のような式が得られる。

$ P =\alpha_{0}+\alpha_{1} \theta_{1}+\alpha_{2} \theta_{1}^{2}+\alpha_{3} \theta_{1}^{3}+\alpha_{4} \theta_{1}^{4}+\alpha_{5} \theta_{1}^{5} $
$ (123) P =\alpha_{0}+\alpha_{1} \theta_{2}+\alpha_{2} \theta_{2}^{2}+\alpha_{3} \theta_{2}^{3}+\alpha_{4} \theta_{2}^{4}+\alpha_{5} \theta_{2}^{5} $
$ (132) P =\alpha_{0}+\alpha_{1} \theta_{3}+\alpha_{2} \theta_{3}^{2}+\alpha_{3} \theta_{3}^{3}+\alpha_{4} \theta_{3}^{4}+\alpha_{5} \theta_{3}^{5} $
$ (12) P=\alpha_{0}+\alpha_{1} \theta_{4}+\alpha_{2} \theta_{4}^{2}+\alpha_{3} \theta_{4}^{3}+\alpha_{4} \theta_{4}^{4}+\alpha_{5} \theta_{4}^{5}$
$ {(23) P=\alpha_{0}+\alpha_{1} \theta_{5}+\alpha_{2} \theta_{5}^{2}+\alpha_{3} \theta_{5}^{3}+\alpha_{4} \theta_{5}^{4}+\alpha_{5} \theta_{5}^{5}} $
$ {(13) P=\alpha_{0}+\alpha_{1} \theta_{6}+\alpha_{2} \theta_{6}^{2}+\alpha_{3} \theta_{6}^{3}+\alpha_{4} \theta_{6}^{4}+\alpha_{5} \theta_{6}^{5}}$

ここで各$\alpha_j$を未知数とみてこの連立方程式を解けば各$\alpha_j$が求まるので$P=T_i$も求まる。ただしこの連立方程式の左辺は補助多項式gの分解のところの式を使って(例えば$P=T_1$なら$T_1=-(l_{1}+l_{2}+l_{3}+l_{4})/2=l_0/2$を使って)$ x_{1}, x_{2}, x_{3}, x_{4}, x_{5}$の多項式にする。

ここで分母はヴァンデルモンドの行列式*7より$ |A|=-\displaystyle\prod_{i{\text <} j}^{6} (\theta_{i}-\theta_{j} )=\Delta_{f}^{3} $($ x_{1}, x_{2}, x_{3}, x_{4}, x_{5}$の対称式)となるので難はない。分子はとても複雑な式になるが$\alpha_j$は有理数にならねばならないので必ず$ x_{1}, x_{2}, x_{3}, x_{4}, x_{5}$の対称式となるはずで、それゆえ原理的に計算は可能である。



こうしてめでたく$ T_{1},T_{2},T_3,T_4$を計算する方法が無事分かったわけだが、これを計算するのは計算機を用いても中々厳しい。ここでは以下に$x^{5}+a x+b$の場合の式をあげるにとどめる(コピペ用の書式にしている)。

T_1=(512*a^5-15625*b^4+768*a^4*θ+416*a^3*θ^2+112*a^2*θ^3+24*a*θ^4+4*θ^5)/(50*b^3)

T_2=(3840*a^5-78125*b^4+4480*a^4*θ+2480*a^3*θ^2+760*a^2*θ^3+140*a*θ^4+30*θ^5*)/(512*a^5*b+6250*b^5)

T_3=(-18880*a^5+781250*b^4-34240*a^4*θ-21260*a^3*θ^2-5980*a^2*θ^3-1255*a*θ^4-240*θ^5)/(2*b^2)

T_4=(68800*a^5+25000*a^4*θ+11500*a^3*θ^2+3250*a^2*θ^3+375*a*θ^4+100*θ^5)/(512*a^5+6250*b^4)

$ T_{1},T_{2},T_3,T_4$を求められれば$,l_1,l_{2},l_{3},l_{4}$が得られ、$l_1,l_{2},l_{3},l_{4}$が求められれば$R_1,R_{2},R_{3},R_{4}$が求まり、これらの5乗根をとればリゾルベントが求まるので欲しかった5次方程式の根が求まる。


最後の詰めとなる細かい話

ここまでの議論にて目的はほぼ果たされたわけであるが細かい話をすると$,R_1,R_{2},R_{3},R_{4}$の5乗根をとるときに当然安直に考えれば各々に対して5通りの選び方が出来るわけであるで、それらをどのように選択すれば欲しい根が得られるのかというところまで考察しなければならない。以下それについて説明するが、余裕がある読者のみ読めばいいと思う。ただし詳細は和訳PDFにゆだねることにしてここでは大枠を述べる。これを解決するのが以下の関係式である。

[和訳PDF補題4.7直後]

$r_{1} r_{2}^{2}+r_{4} r_{3}^{2}=u+v \sqrt{5} \Delta_{f} (u,v\in \mathbb{Q}(\theta))$、$r_{3} r_{1}^{2}+r_{2} r_{4}^{2}=u-v \sqrt{5} \Delta_{f}$

右の式は左の式に$\tau$を作用させて得られるものである。

特に、

$ x^{5}+a x+b$のときは

$u= 0$
v =(-2048*a^7+25000*a^2*b^4-3072*a^6*θ-6250*a*b^4*θ-1664*a^5*θ^2-3125*b^4*θ^2-448*a^4*θ^3-96*a^3*θ^4-16*a^2*θ^5)/(32000*a^5*b^3+390625*b^7)

である。

となる。ここで実はこの事実から$r_1$を決めれば残りの$r_2.r_3,r_4$は一意に決まることが示される(和訳PDF補題4.8)。よって、5乗根の取り方は$R_1$の自由度だけあり、しっかり根は5つ考えられることになってつじつまが合う。

またそれ以前に$,l_1,l_{2},l_{3},l_{4}$には以下のような制約も実はあるため、これを満たすように選ばなければならないことにも注意しなければならない。

[和訳PDF補題4.6]

ある$c\in \mathbb{Q}(\theta)$が存在して$\left(l_{1}-l_{4}\right)\left(l_{2}-l_{3}\right)=c \Delta_{f} $

特に、

$ x^{5}+a x+b$のときは

c=(-1036800*a^5+48828125*b^4-2280000*a^4*θ-1291500*a^3*θ^2-399500*a^2*θ^3-76625*a*θ^4-16100*θ^5)/(256*a^5+3125*b^4)

である。

(和訳PDF補題4.8の証明を読むには和訳PDF補題4.7を読まねばならず、これには$\operatorname{Gal}(E(\zeta) / K)=F_{20} \times\langle\omega\rangle$という式(この記事の記法で言えば$\operatorname{Gal}(\mathbb{Q}_f(\zeta) / \mathbb{Q}(\theta))=F_{20} \times\langle\omega\rangle$である。ただし$\omega$は$\omega:\zeta\mapsto\zeta^3$を満たす写像である)と「既約5次多項式の判別式は可解であるとき正」(和訳PDF補題4.5)という事実が使われているが、前者についてはp.59~60にかけて解説されているのでそこを読めばよい。そこには明示されていないがこのガロア群の計算にはガロアの推進定理が使われている(合成体のガロア群の計算なので)。また和訳PDFでは$F,K$の合成体を$F\vee K$という特殊な記法で書いているので注意されたい。和訳PDF補題4.8自体はただの背理法と単純計算なので難はないはずである。)

以上のことに気を付ければ5次多項式の根の決定問題は完全に解かれる。あとは解の順番など些細な問題(?)があるがこれは和訳PDFに異様に詳しく書いてある(p.70~72)。これをもって可解な五次方程式の代数的解法は完璧に提示された。

実際に5次方程式を解く具体例


ひとまず和訳PDFの例をそのまま引用する。

他にも色々な例を探ってみるといいだろう。コピペ用に置いておいた式なども活用されたい。

あとがき

本稿の内容は筆者が高校生のころからずっと理解を夢見てきたものである。和訳PDFは某所で見つけてからというものの印刷して何年もずっとわからないながらに眺めてきた。そしてこれを大雑把に理解出来たのが去年の今頃であった。行間を埋めるのには中々苦労させられたがある人に本当に助けられ、なんとかここまで書けるに至った。ここで感謝の意を示したい、本当にありがとうございました。

ところで調べ物をしていくうちにこのようなページに出会ったhttps://www.minamiazabu.net/math/tsubuyaki/141023/141023-44.html。どうやら2014年に高校三年生の三人組がすでに可解な5次方程式の例を見出し、マスフェスタというところで発表していたらしいのである。おそらくそのときの資料がhttps://otemae-hs.ed.jp/ssh/dat/2014mathfesta_report.pdfのp.22で、参考文献に「雪江明彦 代数学 2 環と体とガロア理論」とあるのでおそらくそこの方程式のところの議論を参考にしたのだと思うが、それにしてもこれには驚いた。$F_{20}$のresolvent invariantを見出し、補助方程式も置いて、実際に解く流れを完全に理解していたようである(ただおそらく補助多項式の因子の係数を計算するところが出来ずに、実際に解くところまでは実現できなかったように見受けられる)。ネット上では忘れられているのかそもそも発見されていないのか、これに関する言及が見つからなかったのでここに記しておく。

2か所行間の埋まっていない箇所があるが(「(?)」とあるところ)、とりあえず公開しようと思った。またとりあえずこれで最低限の体裁はなしているが、今後いろいろと(特に最後のPDFに投げたところなどを)書き加える可能性はある。間違いなどに気づいた方はぜひご連絡ください。

*1:元論文の方が読みやすい。最初に付け加わったガロア理論の章なども結構わかりにくく、本題の方も不必要に一般的な議論をしていたりしていてわかりにくい

*2:これは$ \forall g,h\in S_5/F_{20}(g\neq h), g^{-1}h\notin F_{20}$を言えばよい。これは$ \forall x\in S_3\setminus \{e\}, x\notin F_{20}$が言えれば十分だが$ F_{20}$の元は単位元を除いて全て4または5を動かすことが地道に確認出来るので言える。

*3:これら三つの群は$\theta_1$を不変にする。ここで$G=g^{-1}F_{s}g(s=5,10,20)$であるとき$(g\in G\setminus F_{s})$、$\theta_i=g^{-1}\theta_1$となる$\theta_i$を取ればよい

*4:一般に多項式の既約性とそのガロア群の根全体への作用が推移的であることは同値である。以下の議論でもこの同値性を使っていく

*5:一般に$ S_p$の位数$ p$の元$ g$は長さ$ p$のサイクルである($ p$は素数)。$ g$を互いに素なサイクルに分解したとき位数がそれら長さの最小公倍数に等しいので$ g$自身がサイクルでなくてはならないからである。

*6:明示的に説明するなら $x_{1} = (r_{1}+r_{2}+r_{3}+r_{4} ) / 5,$ $x_{2} = (\zeta^{4} r_{1}+\zeta^{3} r_{2}+\zeta^{2} r_{3}+\zeta r_{4} ) / 5, $ $x_{3} = (\zeta^{3} r_{1}+\zeta r_{2}+\zeta^{4} r_{3}+\zeta^{2} r_{4} ) / 5, $ $x_{4} = (\zeta^{2} r_{1}+\zeta^{4} r_{2}+\zeta r_{3}+\zeta^{3} r_{4} ) / 5, $ $x_{5} = (\zeta r_{1}+\zeta^{2} r_{2}+\zeta^{3} r_{3}+\zeta^{4} r_{4} ) / 5 $ だからである。

*7:つまり$ A= \begin{vmatrix} {1} & {\theta_{1}} & {\theta_{1}^{2}} & {\theta_{1}^{3}} & {\theta_{1}^{4}} & {\theta_{1}^{5}} \\ {1} & {\theta_{2}} & {\theta_{2}^{2}} & {\theta_{2}^{3}} & {\theta_{2}^{4}} & {\theta_{2}^{5}} \\ {1} & {\theta_{3}} & {\theta_{3}^{2}} & {\theta_{3}^{3}} & {\theta_{3}^{4}} & {\theta_{3}^{5}} \\ {1} & {\theta_{4}} & {\theta_{4}^{2}} & {\theta_{4}^{3}} & {\theta_{3}^{4}} & {\theta_{3}^{5}} \\ {1} & {\theta_{5}} & {\theta_{5}^{2}} & {\theta_{5}^{3}} & {\theta_{5}^{4}} & {\theta_{5}^{5}} \\ {1} & {\theta_{6}} & {\theta_{6}^{2}} & {\theta_{6}^{3}} & {\theta_{6}^{4}} & {\theta_{6}^{5}} \end{vmatrix}$ ということである

有理対称式の基本定理をガロア理論で示す

Kを体、x_{1}, \dots, x_{n}を(相異なる)変数、s_k   (k=1,\cdots,n)x_{1}, \cdots, x_{n} k次基本対称式とする。

本稿で示したい定理は以下である。

[定理]
有理対称式は基本対称式の有理式で表せる

通常の対称式の基本定理と呼ばれるものは対称「多項式」に関するもので、表現の一意性までを含めて主張している。今回扱うのは有理対称式である(ヒルベルトの零点定理を使えばこの定理から通常の対称式の基本定理を導けることが出来る(アルティンガロア理論入門』2章7節例2))。定義は自然なものであるが、ちゃんとした説明は最初の節を見られたい。

これは以下の補題を認めればガロアの基本定理よりF=L^ {{\rm Gal}(L/F)}=L^{S_n}=(有理対称式全体)であるから主張が従う。

よってこの補題を示せばよい。以下K上のn変数有理関数体をL=K (x_{1}, \dots, x_{n} )F=K (s_{1}, \cdots, s_{n} ) とする。補題の主張は {\rm Gal}(L/F)\cong S_nである。

有理対称式の定義

\sigma \in S_n に対してLK自己同型\sigma^{*}

\sigma^{*} (f (x_{1}, \ldots, x_{n} ) )=f (x_{\sigma(1)}, \ldots, x_{\sigma(n)} )

と定めることにより\sigma は以下のような単射準同型を引き起こす。

S_{n} \ni \sigma \mapsto \sigma^{*} \in \operatorname{Aut}(L / K)

これにより\sigma \sigma^{*} を同一視することでS_n < {\rm Aut}(L/K)とみなせる(<は部分群の意味)。こうしたときに有理対称式f\in Lとは任意の\sigma\in S_nに対して\sigma (f)=fを満たすものとして定義できる。

本題の証明

補題を示せばよいのであった。
補題の証明
さてLF上の分離多項式t^{n}-s_{1} t^{n-1}+\cdots+(-1)^{n-1} s_{n-1} t+(-1)^{n} s_{n}の最小分解体であるためL/Kガロア拡大である*1

ここでS_nFを不変にするので {\rm Gal}(L/F)\cong S_nがわかる。
証明終了

*1:有限次拡大L/Kガロア拡大であることとLがあるK上の分離多項式の最小分解体であることと同値である(コックス『ガロワ理論 上』p.171 定理7.1.1)