Period-Mathematics

抽象代数学の威力を具体的な問題で体感する(コサインが有理数値を取る有理数角度の特徴付け)

次のような問題を考えましょう:


問題:$0 < a < b$を互いに素な整数とする。$\cos(a\pi/b)$が有理数となるような$a,b$を全て求めよ。

(こちらで見かけたのがきっかけです:
cos(rπ)∈ℚとなるr∈ℚについて | Mathlog

解法

リンク先では高校数学の範疇で難しい議論をしていますが、この問題は代数学を使えば比較的簡単に示せます:

$\alpha=\cos(a\pi/b)$としましょう。

ここで$n=b (2\mid a), 2b (2\nmid a)$とすれば$\zeta_n=\exp(a\pi i/b)$は$1$の原始$n$乗根で($\mathbb{Q}$上の)次数*1は$\varphi(n)$です。よって$2\alpha=\zeta_n+\zeta_n^{-1}$は次数$\varphi(n)/2$です*2

ここで

より補題2と命題2を引用しよう:

補題2
$n$次既約多項式$f\in \mathbb{Q} [x]$の根$\alpha $による単拡大体$\mathbb{Q} (\alpha )$の$\mathbb{Q} $上のベクトル空間の基底として$\bigl\{1,\alpha ,\alpha ^2,\cdots ,\alpha ^{n-1}\bigr\} $が取れる。よって$[\mathbb{Q} (\alpha ):\mathbb{Q}]=n$

命題2
$L\supset L' \supset \mathbb{Q}$をそれぞれ$\mathbb{Q}$の$n,n'$次拡大体とするとき、$n=n' \iff L=L'$

すると$2\alpha\in\mathbb{Q}\iff \mathbb{Q}(2\alpha)=\mathbb{Q}\iff \deg(2\alpha)=1\iff \varphi(n)/2=1$が分かるが、$\varphi(n)/2=1\iff n=4,6$が初等的に分かります*3ので$b=2,3$がわかります。そしてこのとき$a$もわかります。

まとめると$(a,b)=(1,2),(1,3),(2,3)$です。

類題

件のコサインの値が有理数よりもっと広く、$\mathbb{Q}$係数の$2$次以上の多項式の根になるのはどのようなときか?という問いを
detail.chiebukuro.yahoo.co.jp
で見つけました。例えば$\cos(2\pi/7)$は
period-mathematics.hatenablog.com
で題材になっているように三次方程式$8x^3+4x^2-4x-1=0$の解になっている訳です。
これも同様の方針で解くことができます。

コメント

鍵は$\alpha$が代数性を持つこと(つまり代数的数であるということ)です。これにより代数学が適用出来ます。

代数学の方の理論的な鍵は過去記事から引用した事実たちです。これらは線型代数学が支えている事実なので大元を辿れば線型代数が重要、と言ってもいいでしょう。

(現)代数学の抽象性はしばしば学ぶ人を苦しめる訳ですが、抽象化の目的はいたずらに難しくするということではなく、余計な要素を削ぎ落として本質的な議論のみを取り上げる所にあるのです。そしてそこに抽象論の価値があるのです。従ってそういうものを集めた抽象論を応用出来たときの威力というのは凄まじく、また本質を捉えた鮮やかなものとなります(ただしここで本質の捉え方は一通りとは限らないことには注意)。

追記:解法2とそのコメント

巧い議論を見かけたので追記します:



代数的整数同士の和は代数的整数という強力な事実が使われているのがポイントですね。これは代数学で解釈すると環拡大$\mathbb{C}/\mathbb{Z}$における整閉包$\overline{\mathbb{Z}}:=\overline{\mathbb{Z}}^{\mathbb{C}}$が環になるという事実に相当します。一般に環$A$の(ある拡大環$B$における)整閉包$\overline{A}^B$は環になる事が知られています。凄いですね。

また代数的整数かつ有理数なら整数という事実はつまり$\overline{\mathbb{Z}}^{\mathbb{Q}}=\mathbb{Z}$という事ですがこの性質は代数学の用語で整数環$\mathbb{Z}$の整閉性と呼ばれるものになります。一般にUFD⇒整閉整域なのでこれは$\mathbb{Z}$がUFDであるという事実に由来するものです。

*1:$\zeta_n$の$\mathbb{Q}$上の最小多項式の次数の意味。

*2:これは$\zeta_n$を根に持つ多項式から$2\alpha$を根に持つ多項式を対応させる操作($x$のべきで割ってから$t=x+1/x$の多項式にする)が既約性を保つことと最小多項式の既約性による特徴付けからわかる

*3:$n=2^{e_1}3^{e_2}5^{e_3}\cdots$と表したとき十分大きい素数の指数は全て0になります。