Period-Mathematics

数学科の新入生に向けて ~数学科に入る前に知っておく/やっておくといいかもしれないこと~

この記事で目指すもの:本などには書いてくれないが数学科に入ったりゼミなどで非公式に教えられる、ついこの間まで受験生だった(標準的な)高校生が大学数学にスムーズに入門するのに役立つ知恵や知識について網羅すること(具体的な数学的な注意などについても書いているがそれはおまけ)。過去数学科の新入生だった自分が知りたかった&知るべきだったことを書いています。

$\def\A{\mathbb{A}}
\def\B{\mathbb{B}}
\def\C{\mathbb{C}}
\def\F{\mathbb{F}}
\def\G{\mathbb{G}}
\def\H{\mathbb{H}}
\def\K{\mathbb{K}}
\def\M{\mathbb{M}}
\def\N{\mathbb{N}}
\def\O{\mathcal{O}}
\def\P{\mathbb{P}}
\def\Q{\mathbb{Q}}
\def\R{\mathbb{R}}
\def\T{\mathbb{T}}
\def\Z{\mathbb{Z}}
\def\mf{\mathfrak}
\def\mc{\mathcal}
\DeclareMathOperator{\cl}{Cl}
\DeclareMathOperator{\spec}{Spec}
\DeclareMathOperator{\vol}{vol}
\DeclareMathOperator{\aut}{Aut}
\DeclareMathOperator{\gal}{Gal}
\DeclareMathOperator{\ker}{Ker}
\newcommand{\dprod}{\displaystyle\prod}
\renewcommand{\set}[2]{\left\{ #1 \mathrel{} \middle| \mathrel{} #2 \right\}}$

述語論理表記(記号論理学) ~現代数学のあいうえお~

∀や∃といった記号をご存知でしょうか.現代数学(のほとんど)*1において全ての数学的主張は量化子∀,∃を含んだ(高階)述語論理というものによって記述されます.従ってこれを扱う記号論理学は現代数学をやる上での「あいうえお」のようなものであり,まず現代数学を始めるにあたって記号論理学の習得が必要になります.知らない方はまずこれについて何か一冊本を読んでみましょう.

そしてこの述語論理を用いて論理展開を行う土俵となるのが集合論です(これはブルバキに始まったとされます).集合論そのものに深入りする必要はなく,全射単射,像,逆像,関係,集合族の直積,同値関係,商集合などなどの諸概念,つまり素朴集合論と呼ばれる範疇をやるだけで大体は間に合うのでこの辺りの概念に覚えがない皆さんは位相空間論の本の前半に大体書いてありますので読んでみましょう.

そしていざ何らかの数学的主張を述語論理を用いて書こうと思ったときに強く強く意識して欲しいのが

「新しい変数xが出てきたらその度に量化と所属Xの明示を必ずする」

です。量化とは量化子∀,∃をつけることです。日本語で「任意の」、「ある〜が存在して」と書いても良いです。

例えばフェルマーの最終定理をこれに忠実に型を合わせれば

「$\forall n\in\mathbb{Z}_{\geq 3}, \neg(\exists x\in\mathbb{Z}_{>0}, \exists y\in\mathbb{Z}_{>0}, \exists z\in\mathbb{Z}_{>0}, x^n+y^n=z^n)$」

となります。ただし¬は否定命題を取る記号、nの所属$\mathbb{Z}_{\geq 3}$は3以上の整数全体の集合を表す記号、x,y,zの所属$\mathbb{Z}_{\geq 0}$は0以上の整数全体の集合を表す記号です。

「$\forall n\in\mathbb{Z}_{\geq 3}$」は「$\forall n\in\mathbb{Z}, n\geq 3\Rightarrow$」や「任意の整数$n\geq 3$に対して」でも良いです。

また「$\exists x\in\mathbb{Z}_{>0}, \exists y\in\mathbb{Z}_{>0}, \exists z\in\mathbb{Z}_{>0}$」を簡単に「$\exists x,y,z\in\mathbb{Z}_{>0}$」と書いてしまう略し方も一般的です。

ちなみに極限limによる主張を述語論理表記しようというものがいわゆるイプシロン・デルタ論法になります。

変数の所属に関する例題:「実数係数方程式$ax^2+bx+c=0$を(複素数の範囲で)解け」*2

個人的な注意
  • $A:=B$は「$A$を$B$と定義する」を意味する記号でよく使われる一般的な記号です。=の上に「def」という文字を載せた記号も同じ意味です。=を$\iff$に置き換えた場合も全く同様です。
  • 量化子は手書きの場合は左上に指数のように小さく書く人がほとんどです。理由は変数を見やすくするためです(ですが正式な論理記号としてはそういう小さい∀、∃というのは正しくない表記ということになるのかもしれません)。
  • $\forall' x$という記号もよく使われますがこれは「ほとんど全ての$x$(:=有限個の$x$を除いて)に対して〜」を意味します。$\exists ! x$は「〜なる$x$が唯一つ存在する」の意味です。
  • 整数$a,b$に対して$a\mid b$は$a$は$b$を割り切るの意味です。$\nmid$はその否定です。また整数$e,n$,素数$p$に対して$p^e|| n$は$p^e\mid n$かつ$p^{e+1}\nmid n$、つまり$n$は$p$で丁度$e$回割れることを意味します。これらは明示的に教わる機会が薄いのですが一般的な記号です。
  • $\sim$の読みは「チルダ」です。$\tilde{X}$なら「エックスチルダ」と読みます。
  • 特に高校数学までの知識しか無い人が∩を「かつ」の意味で使ったりしている場面をたまに見るのですがそれは間違いです。∩の両側には集合しか来てはいけません。集合ではなく文章を繋ぎたいときは∧という尖った記号を使うのが正しいです。∪についても同じで「または」を記号で書きたいときは∨を使ってください。
  • 多項式における$x$などの記号は形式変数と呼ばれ上の意味での変数とは違うものなので量化などの必要はありません。例えば$5x^2+3x+7$という多項式は$f(0)=7,f(1)=3,f(2)=5,f(n)=0 (n\geq 3)$という函数$f:\mathbb{N}\to\mathbb{N}$の言わば「略記」にすぎないのです。もし$5x^2+3x+7$を$x$を変数とする函数とみたい場合はそれが「多項式函数」であるという宣言をしなければなりません。多項式多項式函数は実は違うものなのです(筆者は学部2年までこのことを知りませんでした)。気をつけましょう。

この区別は些細なことではなくとても重要な問題です。例えば$\Z/3\Z$係数の多項式$p(x):=x^3-x\in (\Z/3\Z)[x]$は全ての$a \in \Z/3\Z$に対して$p(a)=0$ですが$p(x)\neq 0$です(0多項式とは全ての係数が0であるような多項式のことだからです)。

ただしここで$\Z/3\Z$上の多項式函数がなす環を$(\Z/3\Z)[x]^{\mathrm{func}}$とし、多項式にそれが定める多項式関数を対応させる写像${\cdot}^\mathrm{func}:(\Z/3\Z)[x]\to (\Z/3\Z)[x]^{\mathrm{func}}$を考えたとき$p(x)^\mathrm{func}=0$ではあります。なお上の注意は環準同型${\cdot}^\mathrm{func}$が単射でないことの注意とも言い換えられます。

  • 少し古めかしい言い回しだと単射のことを「1:1(である)」と書くこともあるので,全単射を意味する「1:1対応」と混同しないよう注意してください.
  • 写像」と「関数」は論理的には同じものだ,という一派もあるのですが,個人的には関数は取りうる値が”数”(大体実数や複素数)である写像で,写像は関数の一般化,という認識でいる方をおすすめします.これはこの先例えば幾何学において層の考えなどを学ぶときっとわかると思います.
  • 集合$\{a,b,c\}$と集合$\{a,a,b,c\}$は等しいです。これは外延性公理というものの帰結になります。この2つを区別したい場合は多重集合の概念が必要になります(が滅多に出てきません)。
  • 集合族$\{A_{\lambda}\}_{\lambda\in\Lambda}$(最近は$\left(A_{\lambda}\right)_{\lambda\in\Lambda}$と書かれることも増えてきた)と集合系$\{A_{\lambda} \mid \lambda\in\Lambda\}$は別物です。詳しくはこちら:

集合族と集合系の違いとは? | Mathlog

  • 集合族$\{A_{\lambda}\}_{\lambda\in\Lambda}$の直和$\bigsqcup_{\lambda\in\Lambda} A_{\lambda}$について、元から各集合が交わっていなければ単に和集合(と同一視出来るの)でいいのですが、交わっている(かもしれない)ときの直和というのは$\bigsqcup_{\lambda\in\Lambda} A_{\lambda}:=\bigcup_{\lambda\in\Lambda} (A_{\lambda}\times\{\lambda\})$という定義をしっかり思い出す必要があります(つまり無理やり非交和にしている)。ここを少し気を付けてください(複素logのリーマン面を構成するときや帰納極限という概念を定義するときなどに必要になります)。
  • 一階述語論理では現代数学を扱うのには足りません。例えば実数の定義を述べる際集合自体を量化(つまり∀、∃をつける)する必要が出てきますが一階だと量化出来るのは$x,y$などの変数記号だけなのでそれを(素直に)実現するには二階述語論理が必要です。
  • 写像の像より逆像の方が和集合だけでなく共通部分も保つなど良い性質を持つ理由は圏論的な”説明”が出来ます。詳細が気になる方はこちらhttp://yuyamatsumoto.com/ed/adjoint.pdf。一言でいうと像を取る関手は右随伴しか持たないのに対し逆像を取る関手は左随伴も右随伴も持つことに由来します。

(現代)数学の全体像

これを把握しておくことはとても重要だと考えています。具体的にはその後の勉強のしやすさが圧倒的に変わります。

多様体という空間の一般概念があって〜」、「空間の形に関する情報を取り出すホモロジーコホモロジーっていう技術があって〜」、「特にコホモロジーは色んな種類があって整数論など色んな所に顔を出して〜」というような感じです。つまり現代数学の各分野の主要概念と分野間のネットワークの様相を抑えるということです。受験数学とは規模、複雑さが比較になりません。

ご存知の通り高校数学は理論としては単なる微積分学の基本定理にすぎず18世紀までの数学しか取り扱っていないわけですが,19世紀以降、特にガロアやリーマンらの登場以降数学の世界観というのは一変し、(二重)指数関数的に数学は発展しました。恐るべき変貌を遂げたと言ってもいいでしょう.

例えばこの辺りは足がかりになるでしょう:
www.youtube.com
math-fun.net

全て把握はできなくともとりあえず大まかに言って代数学解析学幾何学の三分野に分けられる,というくらいの認識を持っているといいと思います.

もう少し高級なものとしてはアラン・コンヌによる"A VIEW OF MATHEMATICS"があります.

個人的な注意
  • 線形代数学=行列の理論」という認識が世の中には溢れかえっていますがこれは完璧な誤りですので誤解していた人はすぐに訂正しましょう.正解は「線形代数学=ベクトル空間(=線形空間)の理論」です.行列とは(有限次元)ベクトル空間の間の線形写像を具体的に表現したものに過ぎません(表現行列).
  • 多様体多様体それ自身の理論をやるのももちろん大事だとは思いますが個人的には実際にそれが生かされている現場とともに学ぶと諸概念のモチベーションなどが見えやすくなっておすすめです.具体的には微分幾何学一般相対性理論です.どうしても多様体に馴染めない,仲良くなれないという人は志賀浩二『ベクトル解析30講』,砂田利一『曲面の幾何』の二冊が非常におすすめです.

追記:多様体へのスムーズな入門を目指して書きました
period-mathematics.hatenablog.com

  • 群,環,体は代数学の基礎分野として3つ同時に提示されることが多いですがこれら3つの分野の様相はかなり毛色が異なります. 筆者が考える理由としては、環は群としてはアーベル群なので群論が活躍する余地があまり無く、体においては環論のメイン概念であるイデアルは自明なものしか無くなるので環論が活躍する余地があまり無いからではないかと思っています。
  • 剰余群$\Z/3\Z$を最初どう読むか迷った人は結構いるのではないでしょうか。私は普段「ゼットわる3ゼット」、時々「ゼットオーバー3ゼット」と読んでいます。周りの数学者の先生方もそうっぽいです(発音に敏感な人はズィーと読んでいます)。略記は$\Z/3$というのを代数系の人はよくやります。幾何系の人がよく$\Z_3$と書いているのを見かけますがあれは3進整数環と記号が被るのでやめた方がいい(というかやめてほしい)と思います。
  • 環は乗法の単位元$1$を含むかどうかで2つ流儀がある(そして$1$を含む方を(強調して言いたいときは)単位的環という)、とよく説明されます。筆者のこれまでの体感では98%の状況で環といえば単位的環です(これは筆者の専門の影響もあります。作用素環論で重要な$C^{*}$環は単位的とは限らない環です)。そのような状況では環準同型$f$は$f(1)=1$を要請しますしイデアルは部分環ではありません。
  • 環$(R,+,\times)$に対してアーベル群$(R,+)$を口語で「環$(R,+,\times)$の加法群」とよく言います。
  • よく中高生がルベーグ積分という言葉を又聞きして「高校の数学では計算できなかったすごい積分が計算できるようになるんだろう!」と目を輝かせているような場面をしばしば見る気がしますが,ルベーグ積分を学んでもすごい積分が具体的に計算できるようになることはまずありません(高校数学で扱える積分(リーマン積分)はルベーグ積分で書いても何も変わらないから).それよりも本来積分には全然見えなかったような対象が積分によって表されてその深い背景を解き明かせたり(例えばテイト論文),(リーマン積分の拡張&可積分関数がとても増える事により)積分の操作が簡単になることがルベーグ積分の利点です.
  • 位相空間論は(分野によっては)やらなくてもしばらくは困りませんが学習が進むにつれてじわじわとボディーブローのように効いてきます.
  • advancedな分野として代数幾何学というものがありますが,あれは代数多様体論とスキーム論という二つに大きく分かれていると最初のうちは思っておいたほうが良さそうです。両者は生まれた毛色も(理解の)難易度もまるで違うからです.ただもちろん密接に関わっている、というより今日の数学界ではスキームは代数多様体の完全上位互換*3というような印象を受けます。

ブルバキスタイルについて

まず現代数学(のほとんど)は集合論に基礎をおいて展開するブルバキスタイル(Bourbaki style)というものに則って展開されていることを知る必要があります.ブルバキスタイルについては例えば以下なんかはどうでしょうか:
math-fun.net

つまり集合論を基礎において諸概念の定義を明確に規定し,全てを厳密に論証していくというスタイルです.フランクに言えば「(すべてを)集合・写像語で語る」という態度です。

あまりピンと来ない方は例えば実数の定義は何か答えてみてください.答えは「上限公理を満たす順序体の元」なわけですがこれ(と同値なもの)が浮かばなかった人はそもそも実数を扱う資格を得ていないという厳しいことをいうのがブルバキスタイルです(他にも例えば三角形の合同など色々な概念の定義を思い浮かべるチャレンジをしてみましょう).大学以降の数学は全てこの厳しさで数学が進んでいきます.

純粋数学以外の世界ではこのような態度はあまりにも異端です。例えば1秒の定義は「セシウム133原子の基底状態の二つの超微細構造準位の遷移に対応する放射の周期の91億9263万1770倍の継続時間」だそうですが、これを知らないと時間の概念は扱えないのかというとそんなことはないと言うのが一般的な回答でしょう。時間の概念は幼稚園か小学校で習うようなことでほぼ全ての人類がよく知っていることだからです。

または何か初めてのゲーム(プログラミングでも可)をやる際、ルールブックを完全に読み込んでから始める事は必ずしも強要しないのが普通の態度だと思います。「とりあえずやりながら覚えて行こう」というのはよくある態度です。ルールブックを一読してよくわからなくてもやってみるとわかるというのは皆さんご経験があるのではないでしょうか。

一方で(数学科の)大学数学における「普通の態度」というのは小学生に時間の概念を教えるのにセシウム133を持ち出したり、左右の概念を教えるのにコバルト60を持ち出したり、ゲームを始めるのにルールの完全理解を強要したりして「まずこれを把握しないことには話が始まらない」と言い放つようなものになります。つまり「普通」がかなり世間一般とズレているのです。ここをまず強く認識しそして受け入れることが現代の純粋数学を始める際の第一歩であると思います(筆者はこの「普通」を出来る限り緩和して世間一般に受け入れられやすい記述の表現にするための工夫を啓蒙する活動をしていきたいと強く思っています)。

また現代数学(のほとんど)は集合論を基礎に置いているといった訳ですけどもこれは要するにZFC公理系と呼ばれる約10個ほどの公理(+圏を扱う場合は非自明な*4グロタンディーク宇宙$\mathcal{U}$の存在についての公理)に基づいて論理展開が進んでいくということです.このことは(雑学程度でもいいので)しっかり認識しておかねばならないでしょう.空集合というものが存在するだとか和集合,直積集合、べき集合がいつでも取れるだとかそういう「ルール」が実はちゃんと明示的に規定されているということです。

(ほとんどの分野において)数学的対象を構成する際に許される操作はこれだけであり、またこれだけはいつでも許される、ということを強く認識しておくことが数学的対象を構成する必要に迫られた際に特に大事になります*5.これをしっかり把握していないと数学における「存在する」という主張が全く意味不明になるでしょう(実数体の存在、テンソル積の存在、コホモロジーの存在(公理的に導入した場合)、帰納極限や射影極限の存在(普遍性により導入した場合)など)。

例えばトポロジーにおいて連結和という手法があります。これは二つの位相多様体から円板を「くり抜いて」、出来た境界同士を「くっつける」操作だ、とよく説明されますが「」で書いた操作はZFCには載っていません。これはZFCに基づいた操作の比喩なのです(それぞれ差集合、とある同値関係による商を意味する)。つまりどんな書き方がされていようが結局許される操作はZFCに基づいたもののみなのです。

個人的な注意
  • バナッハ・タルスキの定理の解説を読んだり多くの数学徒がよく気にしているのを見て「選択公理は果たして採用していいのだろうか」と思う方がいるかもしれませんが数学基礎論の人以外で選択公理を認めていない人は存在していないと断言します。選択公理を仮定しなかったら線型代数すらまともに出来なくなります(次元が定まらなくなるから)。体論においても代数閉包というとてもとても大切で便利な対象が構成できなくなります。他にも環論、位相空間論、層論などなどに置いてもその影響はあまりに甚大です。よって数学基礎論以外の人は認めるべきです。選択公理は非自明で強力な仮定ですが自然な公理です。
  • 選択公理は実際の現場ではそれそのままの形よりもそれと(ZF上)同値な命題であるツォルンの補題の形の方をよく使います(私感)。
  • ZFC公理系はプロの数学者でも専門が数学基礎論でなければその全てを把握していることはほとんどありません。というのも数学基礎論以外ではZFCの中でも置換公理と正則性公理はほぼ全く使う機会がないからです(トポロジーではたまーに出てくるようです。例えば一点コンパクト化における無限遠点の存在を示すときなど(代数学の体の付値における無限についてもそう))。この2つは集合論それ自体を深く研究するときに活躍する公理のようです。
  • グロタンディーク宇宙の扱いについて素晴らしい解説動画があるので紹介します:【圏論】Grothendieck宇宙って結局なんなの? - YouTube

本を読んでわからないのは本のせいという可能性も普通にあること

それは広く読まれているような本、良書などと呼ばれている本でも普通にあります。単なる誤植ならまだいいのですが、完全に間違った主張や論証などは非常に困るものです。特に何らかのよく知られた定理を適用するときにそのままでは定理の仮定を満たしていないように見受けられるなどのパターンは個人的経験上多い気がしています。

もう一つは本によって定義が微妙に違うとかですかね。見かけが違うだけで実は同値、というパターンの方が多いんですがいずれにしても初学者にはつらいですよね。

以下はしばしば初学者を惑わす要素をまとめたものです。意図的に行われているものも多いです:

・記号の省略
例:大体の本に載っている偏微分の連鎖律の公式の書かれ方(例:$\dfrac{\partial }{\partial x}=\dfrac{\partial y_1}{\partial x}\dfrac{\partial }{\partial y_1}+\cdots +\dfrac{\partial y_n}{\partial x}\dfrac{\partial }{\partial y_n}$(とある工学部の知り合いの授業プリントにあった式))*6

・記号の濫用

例:台集合Xだけを書いて群/位相空間...etcと呼ぶ*7、同型の意味で=と書く(自然な同一視。例えば$\mathbb{C}=\mathbb{R}^2$など)、恒等写像を1と書く、零加群を0と書く、制限写像を同じ記号で書く(多様体の座標変換が代表例)、内部直和を(外部)直和と同一視する…etc。記号の濫用 - Wikipediaも参考にしてみてください。

・論証の省略(いわゆる行間)

例:重要な議論のに面倒だからと省略する/演習問題に回しまくる(教育的観点からの)悪書(特に定義に当てはまっているかどうかの確認は非常に省略されやすい。初学者がとても見たい所なのでこここそ書くべきところだろうと私は思う。重要な定理の証明などはどうせ他の本やネットに書いてある)

・定義の省略(!)

例:群や環の演算および単位元位相空間の位相、位相空間の部分集合の位相(断りがなければ相対位相、という暗黙のコンセンサスがある*8)、複素多様体の複素構造、「fは"自然な写像"*9とする」、「ここで〜は"標準的に"取る」、完全列における写像、「($f(z)=\sqrt{z}$のリーマン面を構成するとき)”$\mathbb{C}$のコピー”を二枚用意して実軸の0以上のところに”切込みを入れて”、両者を”貼り合わせる”」*10、そもそも著者が定義し忘れている…etc

・曖昧な定義、曖昧な記述、本によって定義が(見かけ上)違うもの
例:"全微分$df=\dfrac{\partial f}{\partial x}dx+\dfrac{\partial f}{\partial y}dy$"、(特に物理、工学書に多いが)関数の定義域が不明瞭、(例えば)何らかの$R$加群$M,N$に対して$M$と$N$は「同型である」と言ったときアーベル群としての同型に留まらず$R$加群としての同型まで課すか?*11、種数$g$*12、トーラス*13、$\int f(t) dt$、代数多様体(これの最も一般的かつ正確な定義は実は結構高度。古典的な定義((ヴェイユと)セールによる)と現代的な定義(多分グロタンディークによる)の二つがあるのが厄介なポイントである)、有理写像(これも同じ)

・不必要な仮定を置いている

例:複素微分可能の定義に定義域Uの連結性を仮定する*14、可積分で十分なのに連続性まで仮定する(例:複素線積分の定義の際)、微分可能で十分なのに$C^{\infty}$まで仮定する(例:微分にまつわる色んな公式)等

これらは結局「空気を読め」ということなので初学者は特に困惑すると思う(筆者はとてもとても困惑した)。それはもちろんその方が熟練者にとっては読みやすいからとかそのような記述で読めるようになった方がいいからなどの理由があるから行われる訳ですが、これもしばしば初学者を大きく苦しめる種となります。

そのようなときは別の本を色々と見たり人に聞いたりということを積極的にやりましょう。

不必要な仮定を置くことは勿論論理的には何ら問題ありません。しかし特に初学の読者に大きな不安を与えるものであり私はとても良くないと思っています。

追記:こちらも参考になりそうです。

ここまでは「わからない」を論理を追うにあたってのみを想定して書いてきましたが「論理はわかるがその概念のモチベーション/位置付け(重要性)/自然さがわからない/他の(関係ありそうな)概念との関係性がはっきりとわからない」というような「わからない」もあると思います。こちらにも答えてくれるのがいわゆる「名著」ですが現代数学数学書はとにかく名著が少ないです!これに関する筆者の所感もいずれ記事にしたいと思っています(一言で言うと数学の先生方はとにかく宣伝、PRするスキルがあまりに不足している人が多いという不満です。あまりに研究が楽しすぎて人に伝えるということが面倒なのでしょうか…)。

英語略称 ~楽に書こう~

この辺を参照してください:

iso.2022.jp
mathlandscape.com


Def(定義), Prop(命題), Lem(命題), pf(証明), Claim(これから示したいこと)などはよく使いますね.

(数学に限った話ではないですが、)基本的に略し方のパターンは

  • 子音だけを取る

例:cpt(コンパクト(compact)である)、nbhまたはnbd(近傍(neighborhood))、gpまたはgrp(群(group))、fld(体(field))、alg(代数的(algebraic))、Rmk(注意(remark))などなど

  • 最初の4文字(程度)を取る

例:char(指標(character))、Haus(ハウスドルフ(Hausdorff))、quad(二次の(quadratic))、conti(連続(continuous))、holo(正則(holomorphic))、prop(命題(proposition))、tor(トーション(torsion))、fin(有限な(finite))、hom(準同型(homomorphism))、op(開(open)である)などなど

  • 頭文字だけを取ってコンマで繋ぐ

例:f.g.(有限生成(finitely generated))、w.r.t.(〜について(with respect to))、i.e.(すなわち(id est (ラテン語)))、s.t.(〜を満たす(such that)) 、a.e.(ほとんどいたるところ(almost everywhere))、w.l.o.g.(一般性を失うことなく(without loss of generality))などなど

の3パターンかなと思います。

例えば二次体(quadratic field)だったら「quad. fld.」というように略記します。研究集会などでもこういう略記は多用されます。

検索は英語で

高校数学までは日本語でもわんさか情報があふれていますが大学数学、特に微積分、線形代数より上のものになると途端に引っかからなくなります。しかし英語で調べるとたくさん出て来ます。

特に、そのうち自然と知る人も多いと思いますが、数学に特化した知恵袋のようなサイトでMathematics stack exchangeという有名なところ(↓)があります。ここはプロの数学者までもが集っている凄いサイトなので是非活用してみてください(記法は原則TeX記法です)。回答やコメントに投票出来たり、数年前の質問にも回答出来たりとかなり良いシステムになっています。

math.stackexchange.com

個人的な注意
  • stack exchangeで質問する際の暗黙のマナーとして、ある程度用語の定義を書く、質問の動機や背景となる現象について書くなどがあります。要は「これ解いてください」と式だけ書くような(ナメた)使い方をすると回答されなかったりコメントでたしなめられたりdown voteがついたりします。背景等はたっぷり丁寧に書くようにしましょう。詳細はユーザーガイドラインに指定されているこちらのスレッドをどうぞ:How to ask a good question. - Mathematics Meta Stack Exchange
  • よく間違えやすい数学用語の発音についてここでまとめておきましょう:finite(有限)(ファイナイト)、infinite (無限)(インフィニット)、eigen value固有値)(アイゲンバリュー)、annihilator(零化イデアル)(アナイアレイター)、tori(トーラスの複数形)(トーライ)、symplectic (シンプレクティック)(シンプレクティック)

ラクトゥールはジュッターリーン体がおすすめ

数学の学習が進むとアルファベットやギリシャ文字以外に奇怪な(?)文字がどんどん出てきますがその中でも代表的なのはフラクトゥールです(例:イデアル$\mathfrak{a}$、素イデアル$\mathfrak{p}$、極大イデアル$\mathfrak{m}$、共役差積$\mathfrak{d}$、(何らかの)集合族$\mathfrak{F}$、リー環$\mathfrak{g}$*15、導手$\mathfrak{f}$、上半平面$\mathfrak{H}$、ベクトル場$\mathfrak{X}$).

これをそのままの形で手書きで書こうとするのは中々しんどいです.そこでフラクトゥールはその筆記体であるジュッターリーン体というもので書くことをおすすめします.この解決案は割と一般的だと思います。

参考サイトとして以下を上げておきます:
note.com

個人的な注意
  • 花文字を読むときは「やわらかい〜」と言うことも結構多い印象です。例えば$\mathscr{A}$なら「やわらかいA」です。またそのように読むとき通常のAを、区別を強調して「かたいA」と読んだりもします。)
  • こういう見慣れない記号があると無意識に「(なんだか難しそう)」と思ってしまう心理が働きがちですから、難しそうな本はまず全体を見通して記号だけでビビってしまうものが無いかを探してそれを練習してみることは意外と効果的かもしれません。内容以前に記号でビビって本を遠ざけてしまったらもったいないです。そういう意味で記号にビビらないよう意識するのは意外と重要かもしれません。

iPadは「絶対に」買おう

今や数学科に進むにあたって「iPadを持っていることはアドバンテージ」ではありません.「iPadを持っていないことはディスアドバンテージ」です.すぐに買いましょう.

理由としてはpdfを大量にかつ気軽に保存出来るからです.pdfの閲覧編集からそれを参照しながらノートを取るというのが一枚で収まってしまうのがとてもいいです.当然ノートも永遠に切れませんし切り貼りも簡単,枠線の種類も豊富で自由かつ直感的に使えます(筆者は1ページを縦に二分割した枠線のスタイルを愛用しています).また操作の取り消しと文字の切り貼りや拡大などが出来るのも電子の強みです.pdf出力も出来るノートアプリがほとんどでしょうしそれでレポートを簡単に提出できたりもします.電子書籍を公開している大学もありますがそういった環境ですと何から何まで全てiPad一枚に収まってしまうため非常に強力です.

ノートアプリは有料ですがgoodnote5がとてもおすすめです.これ以外を使っている人は今の所見たことがないですね.Google driveにノートのバックアップを自動で作れるようになっているのでデータが消える心配もほぼ無いと言って良いでしょう。

またオンラインでのセミナー発表などにも非常に有効です.コロナが蔓延して以降,オンラインの授業や研究集会などがかなり増えましたが発表者のプロの数学者の方々はスライドかもしくはほとんどiPad+goodnote5です.

紙の資料もAdobe scanなどのアプリを使って手軽かつ高品質にpdf化することができます.

追記:同じようにわざわざ一項目設けて強調されている記事があったので置いておきます。
seasawher.hatenablog.com

これは筆者はだいぶ年数が経ってから気づいたことですが本などに書き込んで本を充実させるのではなく,ノートもとい自分の中の数学の世界を充実させるのが何よりも重要です.従って必ずしも本の順番通りに読む必要は全く無いし知っている箇所や今読む必要はないなと思ったところはどんどん飛ばしても構わないでしょう.そこでノートというのは大切になってくるわけですが,筆者はノートとしてiPadを選んでからは物理的にも大事にするようになって常に持ち歩くようになりました.従って読み返す頻度も紙のノートを使っていた時代よりも遥かに増えました.

個人的な注意
  • 紙を使うのをやめよう!ということではありません。紙には全体を容易く見渡せるとか離れたページ同士を行ったり来たり出来るという大きな利点もあります。筆者は本腰を入れて読もうと決めたPDFは大体印刷しています。また研究ノートは紙が良いという人もいらっしゃったりします。その気持ちもわかる気がします。結局は併用するのが一番良さそうです。
  • PDF管理にGoogleドライブを使っている方向け:パソコンなどでPDFをGoogleドライブに移したいとき毎回Googleドライブをwebから検索して開くのは面倒です。そこでパソコン版Googleドライブを使う事をおすすめします。これを入れるとパソコンのフォルダの左の欄にドライブという欄が出来るのでGoogleドライブへのアクセスがローカルの範囲で済みとても楽です。

論文を探せるサイトを早いうちから知っておく

理論書はとにかく理論の標準的な内容を網羅することにばかり重きをおく傾向があり、研究のタネになるような話題やその分野を研究する際に必要な見方なり知識なりは「本文(地の文)には」ほとんど書いてくれません*16(筆者はこの現状は非常に良くないと感じています。もっと例題とその解答を本文に豊富に設けるべきです(演習問題ではなく))。なので、研究については実際に論文を見ること(や研究集会に行くこと)によってでしか学べません。筆者は学部生のときこれをやっていなかったのですが、今になって後悔しています。

さて、数学者の先生方が論文を探すときに使うサイトは主に2つあります。それがMathSciNet(読み:ますさいねっと)とarXiv(読み:あーかいぶ)です。前者は査読などもされ雑誌に載った論文のみを扱っていますが後者は取り敢えず書き終わったあと即座にアップロード出来るデータベースです。従ってarXivの方は基本的にプレプリント(査読、出版前の論文)が多いですしその分間違っていることもよくあります。またMathSciNetは昔の論文もしっかり扱っていますがarXivは1991年スタートなので昔の論文は載っていないことに注意してください。

MathSciNetは有料サービス*17なので個人契約または契約している機関(大学など)に所属していないと見れないです。大学に所属している場合は大学のネットワークに繋いだ上でアクセスしてください。

追記:より詳細な情報についてはこちらを参考にしてください:数学の論文の入手の仕方,探し方 | Mathlog

個人的な注意
  • MathSciNetの検索の仕方について書きます。まずMSCMathematical Subject Classification)というアメリカ数学会が出している数学の分野の分類コードがあることを知る必要があります。そのコードをMSC主(・副)とある所に入れるとその分野の論文を検索できます。また著者名で検索する場合は日本人なら「名字,名前」で検索しましょう。例えば加藤和也先生なら「Kato, kazuya」です。MathSciNetは誤字脱字にシビアなので気を付けてください。
  • 他のデータベースとしてzbMATHというものもあります。
  • 論文の逆引きという重要なテクニックについても知るべきでしょう。それはその論文を引用している論文を見るというもので、応用例や一般化などが知れて研究の種を探すのに良い作業になります。MathSciNetでは論文のタイトルの下にCitationsというところがあるのでそこをクリックすると一覧が出てきます。

先人の数々のアドバイス

代数学の学習法についての本というのはとても少ないですがその中でも個人的には伊原康隆『志学数学』を強くおすすめします(他には小平邦彦編『新・数学の学び方』などがあります).内容については河東泰之先生による書評を見てもらいましょう.小平先生の方の本はいろいろな数学者が寄稿しているので共鳴するものが見つかりやすいかもしれません.

他にもネット上で参照できるものを載せておきます:

period-mathematics.hatenablog.com
hi-masai.blogspot.com
www.math.nagoya-u.ac.jp
(元ネタはこちらです.より色々と書いてあり非常にタメになります.)
www.youtube.com

paper3510mm.github.io

テレンス・タオによる詳細なアドバイス
www.math.ucla.edu

受験数学と大学数学のギャップ(未完成)

(以下「高校数学(中高数学)」と「受験数学」という言葉を慎重に使い分けています。それは「高校数学と大学数学に違いなどない!」などの無為な批判を避けるためです。そのような論争はその二つの単語が人によって同じものだったり違うものだったりすることにより起こります)

これはまた新たに記事をいつか書くかもしれないですが,やはり受験数学と現代数学では向き合う態度,内容などとてつもない違いがあり,筆者も結局の所はその違いに長年苦しめられてきました.そもそも数学に「理論」というものがあるという事自体、受験数学しかやっていないと(即ち世の中のほぼすべての人は)知り得ない事です。それを大学の数学科に入って初めて知り、また触れることになるのですからノリの違うに苦しむのは(受験数学に浸かっていた人には)当然の反応と言えます(受験数学が嫌いで嫌いでしょうがなくて受験生時代から大学数学に触れていたような人は違うでしょうが*18)。

特に「大学受験数学が大好きだった」という人は少し身構えていたほうが良いかと思います.ひとまずここではそこに言及した動画を一つ紹介してお茶を濁すことにしておきます:

www.youtube.com

以下思い付いたものの臨時的なメモ
  • 大学で配られる演習問題や本に載っている問題たちについても,受験数学ではテクニックの習得メインのものが多かったと思いますが,大学ではそれより諸概念の定義の理解のために提示されるものが多く,ここも中高のときとはテンションが違って戸惑うかもしれません(筆者は戸惑いました).例えば高校数学で言えば数学オリンピックのような,ひねった問題というのはあまり出されません(解析学では多少あるのかもしれない).特に人工的な問題というのはほとんど見かけなくなります.
  • 受験数学は「とりあえず使ってみて,計算してみて,手を動かしてみて慣れる」という有名な手法がありますが抽象度が上がれば上がるほどそれは通用しなくなります.具体的には学部一,二年までしかほとんど通用しません(とはいえ,テンソル積やコホモロジーのように例外も少し少しあるようです.この辺についての認識をしっかりさせたいなぁと思っています.)。高等な代数学で計算をしようとするならほぼ確実にアルゴリズム的手法に頼ることになり、それを考えるのもそれを実行するのもそれだけで一分野になるほど(例えば計算機数論、計算可換環論)骨の折れる代物になるのです。一般に手計算ではとても大変なものとしてガロア群、素イデアル分解、代数体上での多項式因数分解イデアルの生成元の決定、イデアルが単項かどうかの判定、イデアル類群、射類体(の定義方程式)などが挙げられます。
  • そういう訳で、小学生中学生高校生とずっとやってきたであろう「問題集」といったものがほとんど存在していないのも特徴です。そして問題があっても答えが載っていないもしくは略解というのも筆者は最初かなり戸惑いました。大学で配られる問題プリントなどについてもおおよそ同じですね。
  • 受験数学では「定義通りやったら負け/バカを見る」のような風潮があり、定義や定石通りでない解法をしばしば「エレガント」、「鮮やか」、「天才的発想」などと崇め奉られることはよく知られていると思います。つまり(中高数学教師含めて)大部分の人が定義を軽視している傾向があります(センター試験微分の定義式が出たり東大入試で三角関数の定義を聞かれたり円周率の定義がわかっているかなどをわざわざ問われたりしていることなどはこの現状を裏付けるものでしょう)。

しかし大学以降の数学は「定義こそ命」であり定義こそ数学者たちの努力の結晶です。良い概念を定義出来たら自然と(解かれるべき)問題は解ける、というスタンスがあることをまず知る必要があります(その好例がヴェイユ予想です。これはグロタンディークがエタールコホモロジーという当時では全く新しいコホモロジー(ある種のベクトル空間)を定義、構成したことにより”自然と”解決されました。その後エタールコホモロジー整数論における強力な道具として広く使われるようになりました)。

ここで二十世紀最高の数学者グロタンディークの有名な言葉を挙げておきましょう(言い回しは多少違うかもしれない);

「木の実をハンマーで割るのではなく、水に浸して十分柔らかくなるまで待てばよいのだ」

ぼんやりと「よくわからないなぁ」という気分になったときはまず「理解していない定義がないかを入念にチェックする」ということをやってみてください。

  • 受験数学は「(大学入試までの内容を)扱う内容,問題パターンなどほとんど全てを予め知っておく」というプレイができますが,現代数学では到底それはできません.やろうとしようものなら人生が破滅します.これも中高受験数学と大学数学の違いです(筆者は中高時分,そういうプレイをしていましたのでここには初めそこそこ戸惑いました).つまり,高校数学であまり頭を使ってこなかったような人,数学に対する謙虚さを忘れているような人が一番大学数学で苦しむことになります.ここはよく覚えておきましょう.
  • 受験数学までは「〜なものを全て求めよ」、「〜が成り立つのはどういうときか?」などの形式の問題を死ぬほど解かされる。しかし大学数学を始めて新たな概念に出会ったときそのような問題を考えようものなら殆どの場合全く手も足も出ない。

例えば環論でUFDという概念を習ったら「UFDかどうか(簡単に)判定出来る定理は無いか?」というように(これは一般に難問である*19)。解析学では何かを判定する定理というのは結構ある(ワイエルシュトラスの優級数定理など)が、代数学では少ない(後者の例:アイゼンシュタインの既約判定法、シルベスターの判定法、可解群に関するファイト・トンプソンの定理(ただし恐ろしく深い大定理)、随伴関手定理、整閉整域に関するGrauert-Remmertの定理、代数幾何学の付値判定法の定理、など)。

これは受験数学に慣れていればいるほどモヤモヤすることかもしれない(筆者は学部一年時非常にフラストレーションを覚えた)。

学部で習うような概念でもすぐそばに難問がゴロゴロしているのが大学数学、というより数学の怖さである。むしろほとんどなんでもかんでも完璧に調べ尽くせる高校数学の方がむしろ異常なのだ。

現代代数学で”完全に解る”のは線型代数だけである(吉田輝義先生談)。

  • 後で存在定理が示されるものの、定義が非明示的、非構成的(性質によって特徴付けられるようなもの)なオブジェクトや性質:

極大〜系(極大イデアル、極大な連結部分集合(=連結成分)、極大コンパクト部分群)、テンソル積、イデアル、ハール測度、代数閉包、有限群の組成列、ベクトル空間の基底、コンパクト

ガロア群、代数体の整数環、群の表現などはこの例に入らない)

他にも滑らかな多様体の間の滑らかな写像の定義として「滑らかな関数を引き戻したものがまた滑らかな関数となるようなもの」というような定義は非明示的だと思います.しかしこの定義は数学的には筋が良いです.人間が親しみやすいことと数学的に自然なことが一致しないいい例だと思います.

中高数学で出てくる概念はほとんど全て構成的ないし具体的(実数など)なのでこういうのには中々慣れないかもしれない)。

数学が好きだという気持ちを燃やし続けることが最重要

多分,これが何よりも一番大事です.何事においても言えると思いますが続けることが何よりも辛く,苦しく,そして尊いことです.

*1:数学基礎論(=数理論理学)とその周辺(一部のトポロジーなど)以外の数学

*2:答え:$\frac{-b\pm \sqrt{b^2-4ac}}{2a}$ ($a\neq 0$のとき), $-\frac{c}{b}$ ($a=0, b\neq 0$のとき), 解なし ($a=b=0, c\neq 0$のとき), 全ての複素数 ($a=b=c=0$のとき)。「二次方程式」と言っていない事に注意しましょう。

*3:体K上有限型、分離的、幾何学的に被約なスキームを代数多様体の一般化とみなすのが通常のようです。

*4:自然数全体を含むような、という意味です。

*5:筆者は特異ホモロジーの構成や誘導表現の構成といったところで選択公理以外の公理についてもその非自明さを痛感した記憶があります.

*6:省略の一切ない本当に正しい連鎖律の式はこれです:$f=(f_1,\ldots ,f_n):\R^m\to \R^n$、$g:\R^n\to\R$、$P \in \mathbb{R}^{m}$、$Q=f(P) \in \R^n$、$\mathbb{R}^{m}$の(局所)座標を$x_1,\ldots , x_{m}$、$\R^n$の(局所)座標を$y_1,\ldots ,y_n$とする。$f$が$P$において全ての変数に関して偏微分可能、$g$が$Q$において微分可能なとき合成函数$g\circ f:\R^m\to\R$は点$P \in \R^{m}$において全ての変数に関して偏微分可能であり、$x=x_i$に関する偏微分係数は$\dfrac{\partial (g\circ f)}{\partial x}(P)=\dfrac{\partial g}{\partial y_1}(Q)\dfrac{\partial f_1}{\partial x}(P)+\cdots +\dfrac{\partial g}{\partial y_n}(Q)\dfrac{\partial f_n}{\partial x}(P)$.

*7:これらは台集合と何らかの構造を指し示す集合の順序対であるのだと集合論的にしっかり把握していないと例えば忘却関手の定義が全く意味の分からないものになります。

*8:「断り」がある場合も時々ある。有名なのはアデール環という位相環の単数群であるイデール群の位相はアデール環の位相からの相対位相とは異なる(位相を入れる)というものであろう。あとは順序位相について部分順序位相は一般に相対位相ではないというのもある。

*9:これは筆者の経験上「構成が単純な(工夫なく思いつく)写像」という日常用語的な意味か圏論の意味での自然変換を与えるという意味の2パターンあると感じている。特に前者は曖昧だがではこれの反例はというと多分古典群の間の偶然の同型(accidental isomorphism)がその一例なのではと思う。

*10:筆者はこの説明でちゃんと構成を説明できてると思っている人間を強く軽蔑しており、また憤りを感じている(まさかリーマン面の定義も知らずにリーマン面を人に語っている訳ではあるまいな?)。また”$\mathbb{C}$のコピー”は全く同じ$\mathbb{C}$を用意するのではない(全く同じだったら区別できない)。各整数mごとに$\mathbb{C}\times \{m\}$という開被覆を用意するのである。

*11:明示的に教わった記憶はないがこういうのは断りが無ければ考え得る一番小さい圏での同型を意味する。つまり今の場合は$R$加群としての同型。

*12:主に位相的種数、幾何学的種数、算術的種数の3つがあり、どれを指しているか空気を読まないといけない(「穴の数」は位相的種数)。厄介なことにこれらが全て一致する場合もあるしそうでない場合もある。

*13:位相的トーラス$S^1\times S^1$(可微分多様体)、複素トーラス$\mathbb{C}/\Lambda$(複素リー群)、代数トーラス$\mathbb{G}_m$(代数群)、指標理論の文脈でのトーラス$\mathbb{R}/\mathbb{Z}$(位相群)など色々ある

*14:追記:複素解析における連結性の必要性の有無について調査した記事を書きました:https://mathlog.info/articles/3616

*15:特定のリー群$GL_n, SL_n, SU_n, ...$に対応するリー環はそれらを全てフラクトゥールに書き換えた$\mathfrak{gl}_n$, $\mathfrak{sl}_n$, $\mathfrak{su}_n$, ...で表します。

*16:その分野の研究集会に行けばほとんど本(の本文)に書いてないことばかり扱われていることがよくわかるでしょう。それが何よりもの証拠です。

*17:小規模な大学では払えないほど高いらしいです。

*18:ほとんどの人には信じられないでしょうがこういう人というのは実在します

*19:「PID⇒UFDがあるじゃないか!」というのは勿論だがPIDは仮定として強すぎるという問題がある。環が一意分解整域であることの、必要十分条件ってどういうものがあ... - Yahoo!知恵袋は少し参考になるかもしれない。